天気予報を可能にしたスパコンの父 第1話:孤高の天才シーモア・クレイ
作者のかつをです。
本日より、第八章「64ビットの衝撃 ~天気予報を可能にしたスパコンの父~」の連載を開始します。
私たちの生活を支える「シミュレーション」。その土台を築いたスーパーコンピュータの世界を、たった一人で切り拓いた孤高の天才、シーモア・クレイの物語です。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、日本の自動車メーカーの設計室。
画面の中では開発中の新型車が、時速60キロでコンクリートの壁に激突する。
金属が歪みガラスが砕け散るリアルなCG映像。エンジニアたちはその衝撃がどの部分にどう伝わるのかを、ピクセル単位で詳細に分析している。
かつて何台もの試作車を実際に破壊しなければ得られなかったデータが、今や一台のコンピュータの中で完全に再現されている。
新薬の開発、航空機の設計、そして明日の天気予報。
私たちの安全で便利な暮らしは、こうした目に見えない「シミュレーション」技術によって支えられている。
そのすべての計算の原点に、たった一人で世界の常識に戦いを挑んだ伝説の天才がいたことを知る者は少ない。
物語は1970年代初頭のアメリカに遡る。
コンピュータ業界の巨人はIBMであり、その牙城は揺るぎないものに見えた。
しかし、その巨人からあっさりと独立し、自分だけの会社を作ってしまった男がいた。
彼の名はシーモア・クレイ。
彼はあらゆる点で異端児だった。
派手な経営戦略にも市場調査にも一切興味を示さない。
役員会に出るくらいなら自宅の地下でトンネルを掘っている方がマシだと、本気で考えるような男だった。
彼の興味はただ一つ。
「世界で最も速いコンピュータを作ること」
それだけだった。
彼は組織というものを心底嫌っていた。
会議、報告、根回し。そうしたコンピュータの設計とは無関係なあらゆる雑音を、病的なまでに排除しようとした。
彼が自らの新しい会社の研究所を建てた場所もまた、常識外れだった。
IT革命の震源地となりつつあったカリフォルニアのシリコンバレーではない。
ニューヨークの金融街でもない。
彼が選んだのは自らの故郷である、ウィスコンシン州のチペワフォールズ。
湖と森に囲まれた、穏やかで退屈で、そして誰も彼を邪魔しない田舎町だった。
世間は彼を変わり者だと笑った。
しかし彼はまったく意に介さなかった。
この静寂に包まれた田舎町から、やがて世界の科学技術のあり方を永遠に変えてしまうほどの、雷鳴のような衝撃が放たれることになる。
孤高の天才シーモア・クレイの、たった一人の戦いが始まろうとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第八章、第一話いかがでしたでしょうか。
シーモア・クレイが自宅の地下にトンネルを掘っていたというのは有名な逸話です。彼は「トンネルを掘っていると、エルフがやってきてコンピュータ設計のアイデアを教えてくれるんだ」と真顔で語っていたそうです。
さて、都会の喧騒を離れ、故郷に研究所を構えたクレイ。
彼がそこで生み出そうとしていた機械は、まさに常識破りの怪物でした。
次回、「田舎町から世界最速へ」。
彼の、一切の妥協を許さない驚くべき設計思想に迫ります。
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