冷蔵庫サイズの記憶装置の挑戦 第2話:レコード盤のような記憶装置
作者のかつをです。
第七章の第2話をお届けします。
現代のハードディスクの基本構造がいかにして生まれたのか。
今回は、サンノゼの研究所で繰り広げられた、エンジニアたちの自由な発想と困難な決断の瞬間を描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
IBMサンノゼ研究所の一室。
そこに集められたのは、会社の中でも特に独創的で、少し変わり者と見なされているエンジニアたちだった。
彼らのリーダー、レイ・ジョンソンはチームのメンバーにこう語りかけた。
「常識は一度すべて忘れろ。我々が創るのは誰も見たことがない機械だ。どんな突拍子もないアイデアでもいい。とにかく出してみてくれ」
部屋の壁は巨大な黒板で埋め尽くされた。
そこにはチョークで描かれた奇妙なスケッチや数式が、次々と現れては消えていった。
ワイヤーを張り巡らせた鳥かごのような装置。
金属の棒を磁化した液体の中に浸す装置。
SF小説から飛び出してきたような奇抜なアイデアが飛び交うが、そのほとんどは技術的に実現不可能な夢物語だった。
しかし、この自由な発想のぶつかり合いの中から、やがて一つの有望なコンセプトが輪郭を現し始めた。
「やはり、レコードプレーヤーだ」
一人のエンジニアが黒板に一枚の円盤を描いた。
「この円盤の表面に磁性体を塗り、これを高速で回転させるんだ」
彼はさらに、プラッタの横にアームのようなものを描き加える。
「このアームの先に磁気ヘッドを取り付ける。アームを動かしてヘッドをプラッタの好きな場所に移動させれば、目的のデータに直接アクセスできるはずだ」
理論はシンプルだった。
しかし、それを実現するための技術的なハードルは想像を絶するほど高かった。
どうやって巨大なプラッタを毎分何千回転という猛烈なスピードで安定して回すのか。
どうやってアームをミクロン単位の精度で瞬時に動かすのか。
そして、どうやって猛スピードで動くプラッタとの距離を一定に保ちながらデータを正確に読み書きするのか。
すべてが未知の領域であり、手本になるものなど世界のどこにも存在しなかった。
「……だが、やるしかない」
リーダーのジョンソンは決断した。
最も困難で、しかし最も可能性を秘めたこの「回転ディスク方式」に、チームの未来を賭けることを。
それは月を目指すのと同じくらい無謀で、しかし胸の躍る挑戦。
人類が初めてデジタルデータを物理的に「掴み」に行こうとする、壮大な冒険の始まりだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
このIBMサンノゼ研究所は、この功績により後に「ハードディスクドライブ発祥の地」として歴史的なランドマークに認定されることになります。
さて、進むべき道は決まりましたが、そこはいばらの道でした。
次回、「RAMAC 305」。
プロジェクトが本格的に始動するも、エンジニアたちは次々と現れる技術的な壁に苦しめられます。
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