IT革命のペースを決めた経験則 第5話:終わりなき微細化のロードマップ(終)
作者のかつをです。
第六章の最終話です。
半世紀にわたりIT革命を牽引してきた偉大な法則。その終わりが囁かれる現代において、ムーアの法則が私たちに遺した本当の意味とは何か。
この物語全体のテーマに立ち返りながら、締めくくりました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
ムーアの法則は、その後半世紀以上にわたって、デジタル革命の心臓部で力強く鼓動し続けた。
そのおかげで、私たちは手のひらの上で、アポロ計画で使われたコンピュータの数億倍も高性能な計算能力を、当たり前のように手にすることができた。
ゴードン・ムーアは、1968年にフェアチャイルドを離れ、盟友ロバート・ノイスと共に新しい会社を設立する。
インテルである。
彼は、自らが提唱した法則を自らの手で証明し続けた。
インテルは、ムーアの法則という名の急峻な坂道を誰よりも速く駆け上がることで、半導体業界の絶対的な王者となった。
しかし、どんな法則にも、いつか終わりはやってくる。
トランジスタの微細化は、やがて原子の大きさにまで到達しようとしている。
もはや、物理的な限界がすぐそこまで見えているのだ。
「ムーアの法則は、終わった」
近年、多くの専門家がそう口にするようになった。
かつてのような、爆発的な性能向上はもはや期待できないのかもしれない。
……現代。
一人のエンジニアが、研究室で新しいAIチップの設計図と格闘している。
彼は、もはやトランジスタの数を増やすことだけを考えてはいない。
チップの構造そのものを人間の脳に近づけることで、性能の壁を乗り越えようとしている。
彼は、知っている。
ムーアの法則が、終わりを迎えつつあることを。
しかし、彼は絶望してはいない。
なぜなら、ムーアの法則が私たちに遺してくれた本当の遺産は、単なる性能向上のペースではなかったからだ。
それは、「未来は予測できる。そして、人間の意志と努力によって変えることができる」という、揺るぎない信念。
ゴードン・ムーアが、グラフの上に描いた一本の美しい直線。
あの線が私たちに教えてくれたのは、未来へのロードマップを描くことの重要性だった。
たとえ一本の道が終わりを告げても、私たちはまた新しい地図を描き、次の道を探し始めるだろう。
ムーアの法則は、終わるかもしれない。
しかし、開拓者たちの終わりなき挑戦は、これからも続いていくのだから。
(第六章:ムーアの法則の予言者 ~IT革命のペースを決めた経験則~ 了)
第六章「ムーアの法則の予言者」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
ゴードン・ムーアは、2023年に94歳でその生涯を閉じました。彼は、自らの法則が世界を、そして未来をどう変えたのかを最後まで見届けた、偉大な証人でした。
さて、コンピュータの頭脳が驚異的な進化を遂げるためのロードマップが示されました。
次なる物語は、その記憶を司る、もう一つの重要な部品の物語です。
次回から、新章が始まります。
第七章:ハードディスク0番地 ~冷蔵庫サイズの記憶装置の挑戦~
わずか5MBのデータを記録するために、冷蔵庫ほどの大きさの装置が必要だった時代。
現代のクラウドストレージにまで続く、大容量記憶装置の途方もない挑戦の物語が始まります。
引き続き、この壮大なIT創世記の旅にお付き合いいただけると嬉しいです。
ブックマークや評価で応援していただけると、第七章の執筆も頑張れます!
それでは、また新たな物語でお会いしましょう。
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