IT革命のペースを決めた経験則 第4話:自己実現する予言
作者のかつをです。
第六章の第4話です。
単なる予測が、なぜ、現実を動かすほどの力を持ったのか。
今回は、「ムーアの法則」が「自己実現する予言」となっていった、その不思議なメカニズムに迫りました。
人々の「信念」が、未来を作る、というお話です。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
ゴードン・ムーアの記事は、当初、それほど大きな注目を集めたわけではなかった。
業界関係者の間では、興味深い予測の一つ、という程度の認識だった。
しかし、その後の数年間で、事態は、劇的に変わっていく。
ムーアの予測通り、半導体の集積度は、毎年2倍という、驚異的なペースで、向上し続けたのだ。
彼の描いたグラフの直線の上を、現実の技術が、まるで追いかけるように、進んでいった。
やがて、業界の誰もが、この不思議な法則を、無視できなくなった。
カリフォルニア工科大学の教授カーバー・ミードが、この経験則を、「ムーアの法則」と名付けたことで、その名は、一気に世に広まった。
そして、ここから、さらに奇妙な現象が起きる。
ムーアの法則は、もはや、単なる「過去の傾向を分析した結果」ではなくなった。
それは、半導体業界全体が、未来に向かって進むべき道を示す、「ロードマップ」そのものになったのだ。
インテルの経営会議では、役員たちが、ムーアの法則のグラフを睨みながら、こう議論する。
「法則によれば、2年後のチップは、今の4倍のトランジスタを載せていなければならない。そのための研究開発予算を、今すぐ、承認しよう」
ライバル企業も、黙ってはいない。
「インテルが、ムーアの法則のペースで開発を進めている。我々が、ここで遅れを取れば、市場から、振り落とされてしまうぞ!」
半導体を製造する装置のメーカーも、この法則を前提に、未来の計画を立てる。
「5年後には、これだけ微細な回路を焼き付ける技術が必要になる。今のうちから、開発を始めておかなければ、顧客の要求に応えられない」
まるで、巨大なオーケストラが、一人の指揮者のタクトに合わせて、壮大な交響曲を奏でるかのように。
半導体業界に関わる、ありとあらゆる企業が、「ムーアの法則」という名の、見えざるタクトに、導かれ始めたのだ。
それは、一種の「自己実現する予言」だった。
「未来は、こうなる」と、誰もが信じているから、その未来を実現するために、必死で努力する。
その努力の結果、本当に、予言通りの未来が、現実のものとなる。
ゴードン・ムーアが、たった一人で始めた、未来への洞察。
それが、業界全体の、巨大な共通幻想となり、イノベーションのエンジンそのものへと、姿を変えていった。
この驚異的なペースが、コンピュータを、メインフレームからPCへ、そしてスマートフォンへと、進化させる、原動力となっていく。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ちなみに、ムーアは1975年に、法則を「トランジスタの数は、2年で2倍になる」と修正しています。一般的には、よりキャッチーな「18ヶ月で2倍」という表現で広まっていますが、こちらの「2年で2倍」が、より正確な定義とされています。
さて、半世紀以上にわたって、私たちの社会の進歩を支えてきた、この偉大な法則。
しかし、その終わりも、静かに近づいています。
次回、「終わりなき微細化のロードマップ(終)」。
ムーアの法則が、現代の私たちに遺した、最後のメッセージとは。感動の最終話です。
よろしければ、応援の評価をお願いいたします!
ーーーーーーーーーーーーーー
もし、この物語の「もっと深い話」に興味が湧いたら、ぜひnoteに遊びに来てください。IT、音楽、漫画、アニメ…全シリーズの創作秘話や、開発中の歴史散策アプリの話などを綴っています。
▼作者「かつを」の創作の舞台裏
https://note.com/katsuo_story




