IT革命のペースを決めた経験則 第2話:ゴードン・ムーアの洞察
作者のかつをです。
第六章の第2話をお届けします。
伝説的な法則の発見は、実験室での、地道なデータ分析から始まりました。
今回は、ゴードン・ムーアの科学者としての、鋭い洞察力が光る瞬間を描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
フェアチャイルドセミコンダクターは、時代の寵児となった。
彼らが開発した、世界初の実用的な集積回路(IC)は、アポロ計画の誘導コンピュータにも採用され、会社は、飛ぶ鳥を落とす勢いで成長を続けていた。
研究開発部門のトップとして、その快進撃を支えていたのが、ゴードン・ムーアだった。
彼は、派手な天才肌ではなかった。
むしろ、実直で、謙虚な、学究肌の研究者だった。
彼の仕事は、実験室で、顕微鏡を覗き込み、シリコンウェハーの上の、ミクロの世界と向き合うこと。
どうすれば、もっと多くのトランジスタを、一つのチップの上に、詰め込めるのか。
どうすれば、コストを下げ、信頼性を高められるのか。
彼は、来る日も来る日も、地道なデータの収集と、分析を繰り返していた。
そんな日々の中で、ムーアは、ある奇妙なパターンに気づき始める。
1962年に、フェアチャイルドが最初に作ったチップには、4個のトランジスタしか載っていなかった。
翌年、1963年のチップには、8個。
さらにその翌年、1964年のチップには、15個。
そして、開発中の最新チップには、30個のトランジスタが搭載される見込みだった。
彼は、これらの数字を、片対数グラフの上に、プロットしてみた。
横軸に、年。縦軸に、トランジスタの数を。
すると、そこに、驚くほど美しい「直線」が、現れたのだ。
「……まさか」
彼は、自分の目を疑った。
そこにあったのは、偶然とは思えない、明確な法則性だった。
一つのチップに集積される部品の数は、毎年、毎年、「2倍」のペースで増え続けている。
それは、まだ、たった数年間のデータに過ぎなかった。
統計学的に見れば、あまりにも乏しいサンプルだ。
しかし、ムーアの、科学者としての直感が、告げていた。
これは、単なる偶然ではない。
この背後には、技術革新と、経済原理が絡み合った、もっと根源的な「何か」が、隠されているはずだ、と。
彼は、まだ、その「何か」の正体を、完全には理解していなかった。
しかし、この、たった一本の直線。
それが、やがて、未来のデジタル社会全体の進化のペースを規定する、偉大な「予言」の始まりになるとは、彼自身、まだ知る由もなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ムーア自身は、後に「たまたまデータをプロットしてみたら、そうなっただけだ」と謙遜していますが、そのデータの中に隠された意味を見抜いたことが、彼の非凡さを示していますね。
さて、この驚くべき発見を、ムーアは、ある意外な形で、世に発表することになります。
次回、「雑誌に載った、たった一つのグラフ」。
歴史を動かした論文は、ある雑誌の、たった数ページの特集記事でした。
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