日本の電卓が起こした半導体革命 第6話:インテル、入ってる
作者のかつをです。
第五章の第6話をお届けします。
技術そのものだけでなく、ビジネス的な判断が、いかに会社の運命を左右するか。
今回は、インテルが巨大企業へと飛躍する、その重要なターニングポイントを描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
Intel 4004を搭載したビジコンの電卓は、市場で大きな成功を収めた。
プロジェクトは、大成功。本来なら、物語は、ここで終わりのはずだった。
しかし、インテル社内では、一つの野心が、芽生え始めていた。
「4004の可能性は、電卓だけじゃない」
テッド・ホフが予見した通り、プログラムを変えれば、このチップは、ありとあらゆる機械の頭脳になりうる。
これは、21世紀の石油だ。金のなる木だ。
しかし、大きな問題があった。
当初の契約により、Intel 4004の販売権は、開発を依頼したビジコンが、独占的に持っていたのだ。
インテルは、ビジコンの許可なく、4004を他の会社に売ることはできなかった。
そんな中、運命の女神が、インテルに微笑む。
皮肉なことに、電卓戦争の過当競争が原因で、ビジコンの経営が、急速に悪化してしまったのだ。
インテルは、チャンスと見た。
彼らは、ビジコンに、ある取引を持ちかけた。
「4004の独占販売権を、インテルに返してほしい。その代わり、チップの価格を、大幅に引き下げる」
経営難に苦しむビジコンにとって、それは、渡りに船の提案だった。
彼らは、二つ返事で、その条件を飲んだ。
彼らは、まだ気づいていなかった。
自分たちが手放そうとしているものが、どれほど巨大な宝の山であるか、ということに。
自由の身となったIntel 4004。
インテルは、すぐさま、積極的なマーケティングを開始した。
雑誌に、大きな広告を打った。
「Announcing a new era of integrated electronics.」
(集積された電子工学の、新時代の到来を告げる)
「A microprogrammable computer on a chip!」
(チップの上に載った、プログラム可能なコンピュータ!)
その広告は、世界中のエンジニアたちに、衝撃を与えた。
彼らは、一斉に、この魔法の砂粒を買い求め始めた。
交通信号機、医療機器、工場の自動制御装置……
これまで、複雑な機械部品の組み合わせで実現していた機能が、この小さなチップ一つで、置き換えられていった。
インテルは、もはや、単なるメモリメーカーではなかった。
彼らは、世界の産業構造そのものを変える、「頭脳」を売る会社へと、変貌を遂げたのだ。
後の世に、世界中のパソコンに貼られることになる、あの有名なステッカー。
「Intel Inside(インテル、入ってる)」。
その、壮大な帝国の歴史は、日本の電卓メーカーとの、この一つの契約見直しから、静かに始まっていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ビジコンは、残念ながら、この後、倒産してしまいます。もし、彼らが4004の権利を持ち続けていたら、世界のIT史は、全く違うものになっていたかもしれませんね。
さて、電卓の部品として生まれた、小さなチップ。
その発明が、現代の私たちに、どう繋がっていくのでしょうか。
次回、「ポケットの中の頭脳(終)」。
第五章、感動の最終話です。
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