計算機センターの女性たち 第4話:ENIAC、最初の火入れ
作者のかつをです。
第4話、歴史が動く瞬間です。
これまで地道な準備を続けてきた彼女たちの努力が、ついに報われるクライマックスを描きました。
機械が動き出す瞬間の、音や光、そして緊張感を想像しながらお読みいただければ嬉しいです。
ENIACの前に立った六人は、まるでオーケストラの指揮者のようにそれぞれの持ち場についた。
手には、自分たちが心血を注いで作り上げた配線図。
「累算機2番、接続開始」
「乗算機パネル、ケーブルを挿入します」
彼女たちの声が、静かな部屋に響き渡る。
一本、また一本と、太いケーブルが配線盤の穴に差し込まれていく。
カチリという硬質な音が、まるで歴史の歯車が噛み合う音のように聞こえた。
何時間にも及ぶ作業の末、数百本のケーブルが設計図通りに接続された。
複雑に絡み合った配線は、まるで巨大な蜘蛛の巣のようだ。
「……接続、完了」
ベティ・ジェニングスが報告すると、部屋に緊張した沈黙が落ちた。
六人は互いの顔を見合わせ、固唾を呑む。
監督役の士官が、メインスイッチに手をかけた。
「ENIAC、起動する」
スイッチが入れられた瞬間、部屋中の照明が一瞬暗くなった。
ENIACが、街の電力を食らうかのように起動する。
ブゥンという低い唸り声と共に、1万8000本もの真空管が次々と赤い光を灯し始めた。
無数のリレーが、一斉にカチカチと音を立てる。まるで眠っていた巨人が目を覚まし、全身の関節を鳴らしているかのようだ。
計算開始の合図と共に、穿孔されたパンチカードがカードリーダーに吸い込まれていく。
初期値が機械に読み込まれたのだ。
次の瞬間、ENIACの各ユニットに取り付けられた表示灯が、目まぐるしい速さで点滅を始めた。
光がまるで神経細胞を流れる電気信号のように、配線盤から配線盤へと駆け巡っていく。
それは、彼女たちが設計した通りに計算が実行されている証だった。
「動いてる……!」
マーリン・ウェスコフが、かすれた声を上げた。
数分後。
けたたましい音を立てて、出力用のパンチカード穿孔機が動き出した。
計算結果が打ち出されたのだ。
すぐにカードは翻訳され、数字の羅列がタイプ用紙に印字される。
六人は、その紙に駆け寄った。
震える手で、彼女たちが事前に手計算しておいた検算用の答えと数字を照らし合わせる。
一行目、一致。
二行目、一致。
三行目――
「……やった」
ベティ・スナイダーが、涙声で呟いた。
「やったわ! 計算が合ってる!」
その声に、部屋中の空気が歓喜で爆発した。
六人は互いに抱き合い、飛び上がって喜んだ。
三十時間かかっていた計算が、わずか数分で終わったのだ。
鉄の巨人は、彼女たちの言葉を理解した。
歴史上初めて、人間が機械の脳に自らの思考を移植した記念すべき瞬間だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ENIACが起動するとフィラデルフィア中の照明が暗くなった、という逸話が残っているほど、凄まじい電力を消費したそうです。まさに、街の電力を食らう巨人ですね。
さて、最初の成功に沸く彼女たち。しかし、本当の戦いはここからでした。
機械は、完璧ではなかったのです。
次回、「バグとの戦い」。
彼女たちは、予期せぬ敵との地道で過酷な戦いに身を投じていきます。
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