日本の電卓が起こした半導体革命 第3話:テッド・ホフの逆転の発想
作者のかつをです。
第五章の第3話、お楽しみいただけましたでしょうか。
ハードウェアではなく、ソフトウェアで問題を解決する。
このテッド・ホフのひらめきこそが、パーソナルコンピュータ時代の幕を開ける、号砲となりました。まさに、歴史的な転換点です。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
その男の名は、マーシャン・“テッド”・ホフ。
スタンフォード大学で博士号を取得した、優秀なエンジニアだった。
彼は、ビジコンの設計図を眺めながら、ずっと違和感を覚えていた。
「なぜ、計算や、印刷といった、それぞれの機能のために、別々の専用チップが必要なんだ?」
彼は、DEC社が開発した、PDP-8というミニコンピュータの構造を、よく知っていた。
PDP-8は、たった一つの「中央処理装置(CPU)」が、メモリに記憶された「プログラム」を順番に読み込んで実行することで、様々な処理を実現していた。
テッド・ホフの頭に、稲妻のようなひらめきが走った。
「そうだ。このやり方を、LSIでやればいいんだ」
12個もの専用チップを作るのではない。
もっと、汎用的な、プログラムで動くコンピュータのようなチップを、たった一つだけ作る。
計算をしたい時は、「計算プログラム」をメモリから読み込んで実行させる。
印刷をしたい時は、「印刷プログラム」を読み込ませる。
つまり、ハードウェア(チップ)で機能を実現するのではなく、ソフトウェア(プログラム)で、機能を実現させるのだ。
この、たった一つの汎用チップ――「マイクロプロセッサ」――さえあれば、ビジコンが要求する12種類のチップの役割を、すべて、まかなえるはずだ。
それは、コロンブスの卵だった。
まさに、逆転の発想。
このアイデアには、計り知れないメリットがあった。
チップの種類が劇的に減るため、設計も、製造も、遥かにシンプルになる。コストも、開発期間も、大幅に短縮できるはずだ。
さらに、ホフには、その先の未来まで見えていた。
もし、このマイクロプロセッサが完成すれば、その使い道は、電卓だけにとどまらない。
プログラムを書き換えさえすれば、交通信号の制御にも、エレベーターの制御にも、ありとあらゆる機械の「頭脳」として、応用できるはずだ。
汎用的な「考える砂粒」。
インテルの経営陣は、このアイデアの持つ、無限の可能性に賭けることを決意した。
「ビジコンを説得するんだ。我々は、彼らの設計ではなく、我々の新しいアイデアで、チップを作る、と」
しかし、問題があった。
テッド・ホフは、あくまでアイデアを出す理論家であり、実際にチップを設計するスキルは持っていなかった。
この壮大な夢を、現実のシリコンチップの上に描き出す、もう一人の重要な人物が、日本からやってくるのを、彼らは待たなければならなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
このマイクロプロセッサのアイデアは、あまりにも先進的だったため、当初、ビジコン側はなかなか理解を示さなかったそうです。自分たちの設計思想とは、あまりにもかけ離れていたからです。
さて、インテルの壮大な提案を受け、ビジコンはある決断を下します。
次回、「嶋正利、シリコンバレーへ飛ぶ」。
もう一人の主人公、日本の天才技術者が、いよいよ登場します。
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