日本の電卓が起こした半導体革命 第1話:ビジコンからの挑戦状
作者のかつをです。
本日より、第五章「砂粒の上の頭脳 ~日本の電卓が起こした半導体革命~」の連載を開始します。
今や当たり前になった「インテル、入ってる」。その巨大企業の運命を、そして世界のコンピュータ史を、日本の小さな会社からの「無茶振り」が変えたという、痛快な物語です。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
1969年、日本。
高度経済成長の真っ只中で、国中が熱気に満ちあふれていた。
その熱狂の中心にあったのが、「電卓戦争」と呼ばれる熾烈な技術開発競争だった。
シャープ、カシオ、そしてビジコン。
数多の企業が、より小さく、より高性能な電子式卓上計算機(電卓)の開発に、社運を賭けてしのぎを削っていた。
当時の電卓は、まだ非常に高価で巨大だった。
その心臓部には、何百個というトランジスタやダイオードが詰め込まれた、複雑な回路基板が収められている。
この部品の数を、いかにして減らすか。
それが、小型化と低価格化を実現するための唯一の道だった。
その切り札として注目されていたのが、LSI(大規模集積回路)だ。
指の爪ほどの大きさの半導体チップの上に、何千個もの電子部品を焼き付けてしまう、魔法のような技術。
このLSIを自社で開発する体力のない中小メーカー、ビジコンは、ある大胆な賭けに出る。
海の向こう、アメリカのカリフォルニア州サンタクララに生まれたばかりの小さな半導体メーカーに、新型電卓用のLSI開発を丸ごと委託しようというのだ。
その会社の名は、インテル。
まだ創業から一年も経っていない、無名のベンチャー企業だった。
彼らの主力商品はコンピュータの記憶装置である「メモリ」であり、電卓のような複雑な計算を行う「ロジック」のLSI開発は、ほとんど経験がなかった。
ビジコンからやってきた使節団は、自信満々に一枚の設計図をインテルの若きエンジニアたちの前に広げた。
「我々は、この設計で新しいプリンタ付き電卓を作りたい。このためのLSIを、君たちに作ってもらいたいのだ」
それは、挑戦状だった。
日本の小さな電卓メーカーが、まだ誰もその真価を知らないシリコンバレーの若き巨人に叩きつけた、無謀で、しかし歴史を動かすことになる挑戦状。
この時、インテルの誰もが、これが単なる電卓の部品開発に終わらない、壮大な革命の始まりになるとは夢にも思っていなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第五章、第一話いかがでしたでしょうか。
当時は、まさに電卓が主役の時代。企業間の競争は、現代のスマートフォン市場を彷彿とさせるほど激しいものだったそうです。
さて、インテルに持ち込まれた、ビジコンの設計図。
その内容は、当時の常識を覆す、あまりにも無茶な要求でした。
次回、「12個のチップという無茶な要求」。
インテルのエンジニアたちは、頭を抱えることになります。
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