現代の銀行システムを支える巨人 第8話:終わらないレガシー
作者のかつをです。
第四章の第8話をお届けします。
栄光の裏側にある、成功の代償。
今回は、現代のIT業界でも大きな課題である「レガシーシステム」という問題が、いかにして生まれたのか、その起源を描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
System/360の成功は、IBMに、空前の繁栄をもたらした。
しかし、それは同時に、IBMを、自らが作り出した「黄金の檻」に、閉じ込めることにもなった。
System/360が掲げた、最大の約束。
それは、「未来永劫の互換性」だった。
この約束を守るため、IBMは、呪縛に取り憑かれることになる。
新しいコンピュータを開発するたびに、彼らは、常に、過去のSystem/360との互換性を、維持し続けなければならなかったのだ。
1960年代に作られた、古い、古いソフトウェアが、1980年代の最新の機械の上でも、完璧に動かなければならない。
それは、足に、重い鉄球を繋がれたまま、全力疾走を強いられるようなものだった。
やがて、時代は、移り変わっていく。
メインフレームと呼ばれる巨大なコンピュータの時代から、より小さく、より安価な、パーソナルコンピュータ(PC)の時代へ。
Appleや、Microsoftといった、新しい世代の挑戦者たちが、ガレージから、次々と革命を起こしていった。
彼らには、守るべき過去など、何もなかった。
身軽で、自由で、大胆だった。
一方、巨象IBMは、動けなかった。
彼らのビジネスの根幹は、あまりにも巨大になりすぎた、メインフレーム事業。
そして、その心臓部には、「互換性」という、重い鎖が、巻き付いていた。
新しい技術を取り入れようとするたびに、その鎖が、彼らの動きを鈍らせた。
皮肉なことだった。
かつて、IBMを勝利に導いた最大の武器であった「互換性」が、今や、自らの革新を阻む、最大の足かせとなっていたのだ。
System/360は、IBMにとって、偉大すぎる成功だった。
それは、輝かしい遺産であると同時に、決して、逃れることのできない、呪縛でもあった。
コンピュータの世界では、時に、成功体験こそが、最も危険な罠となる。
IBMという巨人は、自らの成功の重さに、苦しみ始めることになる。
この、巨大な「レガシーシステム」との戦い。
それは、現代に至るまで続く、IBMの、終わりのない宿命となった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
「イノベーションのジレンマ」という言葉がありますが、IBMのこの物語は、まさにその典型的な事例と言えるでしょう。巨大企業が、なぜ新しい時代の波に乗り遅れることがあるのか。その答えが、ここにあります。
さて、IBMを縛り続けることになった、偉大なる遺産。
しかし、そのおかげで、私たちの社会は、大きな恩恵を受けています。
次回、「止まることが許されない心臓部(終)」。
60年前のプロジェクトが、現代の私たちと、どう繋がっているのか。感動の最終話です。
物語は佳境です。ぜひ最後まで見届けてください。
ーーーーーーーーーーーーーー
もし、この物語の「もっと深い話」に興味が湧いたら、ぜひnoteに遊びに来てください。IT、音楽、漫画、アニメ…全シリーズの創作秘話や、開発中の歴史散策アプリの話などを綴っています。
▼作者「かつを」の創作の舞台裏
https://note.com/katsuo_story




