現代の銀行システムを支える巨人 第6話:デスマーチの果てに
作者のかつをです。
第四章の第6話をお届けします。
今回は、プロジェクトのクライマックスとも言える、エンジニアたちの壮絶な奮闘を描きました。
絶望的な状況の中から、いかにして彼らが活路を見出したのか。その人間ドラマを感じていただければ幸いです。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
プロジェクトは、もはや「デスマーチ(死の行進)」そのものだった。
OS/360の開発現場では、連日、徹夜が続いた。
エンジニアたちは、仮眠室のベッドで数時間を過ごし、また、ディスプレイの前に戻っていく。
カフェインと、使命感だけが、彼らを支えていた。
「このプロジェクトが失敗すれば、IBMは終わる」
その言葉が、重く、全員の肩にのしかかっていた。
取締役会では、何度も、プロジェクトの中止が議題に上がった。
「これ以上、損失を垂れ流すのは危険だ。今すぐ、撤退すべきだ」
しかし、トーマス・ワトソン・ジュニアは、決して、首を縦に振らなかった。
彼の心もまた、嵐の中にあった。
毎晩、眠れずに、自らの決断が正しかったのかを、問い続けた。
しかし、彼は、部下たちの前では、決して、その弱さを見せなかった。
「我々は、前に進むしかない。必ず、やり遂げられると信じている」
トップの揺るぎない覚悟が、絶望の淵にいたエンジニアたちの、最後の支えだった。
フレッド・ブルックスは、自らが招いた混乱の責任を取るべく、身を粉にして働いた。
彼は、天才プログラマーである前に、優れたマネージャーだった。
彼は、巨大なOSの仕様を、管理可能な小さなモジュールに分割し、それぞれのチームの責任範囲を、明確にしていった。
混乱を極めた現場に、少しずつ、秩序が戻り始める。
そして、ついに、運命の日がやってくる。
ジーン・アムダールが率いるハードウェアチームと、ブルックスのソフトウェアチームが、初めて、それぞれの完成品を結合させる、最終テストの日だ。
メインスイッチが、入れられた。
システムは、起動しなかった。
ハードとソフトの、わずかな解釈の違い、想定外の動作。
無数の問題が、一気に噴出したのだ。
誰もが、天を仰いだ。
しかし、誰も、諦めなかった。
そこから、三日三晩、不眠不休の戦いが続いた。
ハードの人間と、ソフトの人間が、初めて、一つのチームになった。
互いを罵り、しかし、認め合い、助け合った。
そして、四日目の朝。
朝日が、コンピュータ室の窓から差し込む頃。
OS/360は、ついに、産声を上げた。
ディスプレイに、正常な起動を告げるメッセージが、静かに表示された。
その場にいた全員が、言葉もなく、立ち尽くした。
やがて、誰からともなく、拍手が沸き起こる。
それは、長い、長いデスマーチの終わりを告げる、喝采だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
このような極限状況は、現代のIT業界でも「デスマーチ」と呼ばれ、決して他人事ではありません。このSystem/360の逸話は、その元祖とも言えるかもしれませんね。
さて、ついに完成した、夢のコンピュータ。
いよいよ、世界に向けて、そのベールを脱ぐ時が来ました。
次回、「青い巨人の勝利」。
IBMの、そして世界の景色が、永遠に変わった一日を描きます。
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