現代の銀行システムを支える巨人 第4話:アーキテクチャという設計思想
作者のかつをです。
第四章の第4話をお届けします。
少し技術的な話になりましたが、この「アーキテクチャ」という概念の誕生が、コンピュータの歴史における、非常に大きな転換点でした。
ハードとソフトを切り離して考える。この思想が、現代のIT産業の根幹を支えています。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
System/360プロジェクトの心臓部。
それは、ジーン・アムダールが提唱した、一つの革新的な概念だった。
「アーキテクチャ」という、設計思想。
それまでのコンピュータ開発は、言わば「場当たり的」だった。
まず、物理的なハードウェアを作り、そのハードウェアを動かすためだけに、ソフトウェアを後から作る。
だから、ハードウェアが変われば、ソフトウェアもすべて作り直しになる。
アムダールのアプローチは、真逆だった。
彼は、まず、物理的な機械から離れ、紙の上で、「理想のコンピュータ」を定義した。
ソフトウェアから見て、コンピュータがどのように振る舞うべきか。
どのような命令セットを持ち、どのようにデータを処理すべきか。
その、厳密に定められた「ルールブック」。
それこそが、「アーキテクチャ」だった。
このルールブックさえ守っていれば、その内側にある物理的な部品――CPUの速さや、メモリの量――は、モデルごとに違っていても構わない。
高級スポーツカーと、大衆向けのコンパクトカー。
エンジンも、車体の大きさも、全く違う。
しかし、ハンドルを右に回せば右に曲がり、アクセルを踏めば加速する、という「運転の仕方」は、同じだ。
アーキテクチャとは、まさに、この「運転の仕方」を定義するものだった。
一度、この完璧なアーキテクチャを設計してしまえば、あとは、そのルールに従って、様々な価格帯のハードウェアを作ればいい。
そうすれば、すべてのモデルで、同じソフトウェアが動くはずだ。
この思想こそが、System/360の互換性を実現するための、唯一の鍵だった。
「360」という名前には、その思想が込められていた。
方位360度、全方位をカバーするように、科学技術計算からビジネス用途まで、あらゆるニーズに、ただ一つのアーキテクチャで応える、という壮大な宣言。
しかし、それは、諸刃の剣でもあった。
もし、最初に決めたアーキテクチャに、たった一つでも欠陥があれば、それは、System/360ファミリーの、すべてのモデルに影響を及ぼすことになる。
まさに、神の領域に踏み込むような、緻密さと、完璧さが求められる仕事だった。
アムダールと彼のチームは、来る日も来る日も、この「未来の聖書」とも言うべき、ルールブックの策定に、心血を注いだ。
会社の運命は、彼らが紙の上に描く、一本の線の重さに、かかっていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
このSystem/360のアーキテクチャは、非常に優れたものだったため、基本的な部分は、なんと現代のIBM製メインフレームにまで、受け継がれています。まさに、60年続く遺産ですね。
さて、完璧な設計図はできた。しかし、それを形にするのは、生身の人間です。
特に、形のないソフトウェアの開発は、底なし沼のような困難に直面します。
次回、「ブルックスの法則」。
すべてのソフトウェア開発者が知る、ある有名な法則が、このプロジェクトの苦悩から生まれました。
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