現代の銀行システムを支える巨人 第2話:互換性なきコンピュータの森
作者のかつをです。
第四章の第2話をお届けします。
現代では当たり前の「互換性」。しかし、当時はその概念すらなかったのです。
ソフトウェアが、ハードウェアの進化の足かせになっていた時代。そのジレンマを描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
「互換性がない」
その言葉が、当時のコンピュータを使う企業にとって、どれほどの悪夢だったか。
ある会社が、IBMのコンピュータ「モデルA」を導入し、給与計算のプログラムを開発したとする。
数年後、会社の規模が大きくなり、より高性能な「モデルB」に買い替えることになった。
しかし、モデルBは、モデルAとは全く別の機械だった。
人間が話す言語で例えるなら、モデルAが英語で、モデルBが中国語であるようなもの。
当然、モデルAで動いていた給与計算プログラムは、モデルBでは、一文字も理解してもらえない。
結果、どうなるか。
プログラマーは、またゼロから、給与計算プログラムを書き直さなければならないのだ。
時間も、金も、労力も、すべてが無駄になる。
コンピュータが進化するたびに、過去のソフトウェア資産は、ただのガラクタと化した。
それは、ユーザー企業にとって、耐え難い苦痛だった。
そして、IBM自身にとっても、首を絞める問題となりつつあった。
社内の各部門が、まるで独立国家のように、それぞれのコンピュータを開発し、互いに競争していた。
その結果、IBMの社内は、互換性のないコンピュータが生い茂る、混沌とした「森」のようになっていたのだ。
この森を、一度すべて焼き払い、更地にする。
そして、そこに、一本の揺るぎない大木を植える。
トーマス・ワトソン・ジュニアが夢見たのは、それだった。
小型機から超大型機まで、すべてのコンピュータが、同じ命令を理解し、同じソフトウェアを動かせる。
顧客は、会社の成長に合わせて、小さな機械から大きな機械へと、シームレスに移行できる。
過去のソフトウェア資産は、無駄にならない。
それは、顧客にとっては、まさに福音だった。
そして、IBMにとっては、他社が到底真似できない、絶対的な競争力となるはずだった。
しかし、社内の抵抗は、凄まじかった。
既存の製品ラインは、莫大な利益を生み出す金のなる木だ。
それを、なぜ自ら切り倒さなければならないのか。
「クレイジーだ」
「社長は、会社を潰す気か」
役員たちのほとんどが、その壮大すぎる計画に、反対した。
ワトソン・ジュニアは、孤立していた。
しかし、彼の決意は、揺るがなかった。
この森を放置すれば、いずれ、IBMという巨木そのものが、内側から腐り落ちていく。
彼には、その未来が、はっきりと見えていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
この問題は、IBMだけでなく、当時のコンピュータ業界全体が抱える課題でした。顧客を自社の製品に縛り付ける「囲い込み」戦略が、当たり前のように行われていたのです。
さて、社内の猛反対を押し切り、ワトソン・ジュニアは、ついに巨大プロジェクトを発進させます。
次回、「System/360プロジェクト」。
会社の未来を託された、天才エンジニアたちが集結します。
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