現代の銀行システムを支える巨人 第1話:巨象IBMの賭け
作者のかつをです。
本日より、第四章「最後のメインフレーム ~現代の銀行システムを支える巨人~」の連載を開始します。
私たちが当たり前に使っている銀行のATM。その信頼性の裏側には、巨大企業IBMが社運を賭けた、壮絶なプロジェクトがありました。
今回は、その物語の序章です。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、深夜のコンビニエンスストア。
一人の男性が、ATMの画面をタッチする。カードを挿入し、暗証番号を打ち込むと、機械は静かに取引を開始した。
口座残高の照会、銀行間での送金。
ほんの数十秒で、何の問題もなく処理は完了する。
当たり前の光景。誰も、その裏側で何が動いているかなんて、気にもしない。
この、絶対に止まることが許されない金融システムの心臓部。
その起源が、今から六十年以上も前に行われた、一社の存亡を賭けた、史上最大のギャンブルにあったことを知る者は、少ない。
物語は、1961年のアメリカ、ニューヨーク州アーモンクに遡る。
そこに本社を構える一社が、世界を支配していた。
その名は、IBM。
「巨象」「ガリバー」と恐れられた絶対王者。
世界のコンピュータ市場の七割を、その手に収める巨人だった。
しかし、その足元は、静かに揺らぎ始めていた。
当時のIBMが抱える、最大の悩み。それは、自社の製品ラインナップそのものにあった。
科学技術計算用のコンピュータ、事務処理用のコンピュータ。大型機に、中型機。
それぞれが、別の工場で、別の思想で、バラバラに開発されていたのだ。
その結果、IBMのコンピュータ同士に、全く「互換性」がなかった。
巨象は、自らの巨体を持て余し始めていた。
この混沌に、終止符を打つことを決意した男がいた。
創業者トーマス・ワトソンの息子であり、帝国の二代目トップ、トーマス・ワトソン・ジュニア。
彼は、常識外れの決断を下す。
「現行のコンピュータ製品ラインを、すべて、完全に、捨て去る」
「そして、互換性を持つ、ただ一つの製品ファミリーに、会社の全資源を投入する」
それは、年間売上の五倍にも匹敵する、50億ドルという天文学的な資金を投じる、前代未聞のプロジェクト。
失敗すれば、巨大な帝国は、一瞬で崩壊する。
IBMという巨象が、そのすべてを賭けた、歴史的な大博打。
のちに「System/360」と名付けられる、伝説のプロジェクトが、静かに胎動を始めた瞬間だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第四章、第一話いかがでしたでしょうか。
50億ドルという投資額は、当時の金額で、第二次世界大戦中の原子爆弾開発計画「マンハッタン計画」に匹敵する規模だったと言われています。まさに、国家プロジェクト級の賭けでした。
さて、IBMが決断した「互換性」という概念。
なぜ、それほどまでに重要だったのか。
次回、「互換性なきコンピュータの森」。
当時のコンピュータ業界が抱えていた、深刻な問題に迫ります。
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