コンピュータに「言葉」を教えた軍人 第8話:あなたが書くその「言葉」(終)
作者のかつをです。
第三章の最終話です。
一人の偉大な開拓者の功績が、現代の私たちと、どう繋がっているのか。
この物語全体のテーマに立ち返りながら、彼女の物語を締めくくりました。
読者の皆様の心に、何か少しでも、残るものがあれば幸いです。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
グレース・ホッパーが、歴史の舞台から去った後も、彼女が始めた革命は、止まることはなかった。
彼女が夢見た、「人間が読める言葉で、コンピュータを動かす」という思想。
その思想は、COBOLだけでなく、その後に続く、ありとあらゆるプログラミング言語の、共通の土台となった。
FORTRAN、C言語、Java、Python……
それぞれの言語は、異なる目的、異なる文法を持つ。
しかし、その根底に流れる哲学は、同じだ。
機械の都合ではなく、人間の思考に、寄り添うこと。
複雑な問題を、より分かりやすく、構造的に記述できるようにすること。
それらはすべて、グレース・ホッパーが、たった一人で始めた戦いの、その延長線上にある。
……現代。
カフェの片隅で、若いプログラマーが、ノートパソコンに向かっている。
画面には、彼が書いた、色鮮やかなコードが並んでいる。
それは、まるで、洗練された詩の一節のようだ。
無駄がなく、美しく、そして、明確な意図を持って、そこに存在している。
彼は、知らない。
自分が今、当たり前のように打ち込んでいる、その「言葉」が。
かつて、一人の女性軍人が、周囲の無理解と戦いながら、必死に、未来から手繰り寄せようとした、夢の欠片だということを。
「『今まで、ずっとこうだったから』。それが、世の中で最も危険な言葉よ」
彼女が遺した言葉は、技術の世界だけでなく、私たちが生きる、この世界の、普遍的な真理でもある。
常識を疑い、未来を信じ、そして、行動する。
グレース・ホッパーの足跡は、決して、過去の歴史の中に埋もれてはいない。
あなたが、何かを変えたいと願い、新しい一歩を踏み出す、その時。
あなたのすぐ隣で、“アメージング・グレース”は、きっと、こう言って微笑んでいるはずだ。
「そうよ、その調子。やってみなさい」と。
(第三章:FORTAINを編んだ女 ~コンピュータに「言葉」を教えた軍人~ 了)
第三章「FORTRANを編んだ女」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
(※作中のタイトルはキャッチーさを優先しましたが、彼女が直接開発したのはCOBOLの母体となるFLOW-MATICであり、FORTRANの開発はIBMのジョン・バッカスが中心となって行われた、という補足をさせていただきます。)
さて、コンピュータに「言葉」が与えられ、その礎が築かれました。
次なる物語は、いよいよ、社会の根幹を支える、巨大なシステムの誕生秘話です。
次回から、新章が始まります。
第四章:最後のメインフレーム ~現代の銀行システムを支える巨人~
巨大企業IBMが、会社の命運を賭けて挑んだ、史上最大のプロジェクト。
その成功と、そこで生まれた苦悩が、現代の社会インフラを、静かに支えています。
引き続き、この壮大なIT創世記の旅にお付き合いいただけると嬉しいです。
ブックマークや評価で応援していただけると、第四章の執筆も頑張れます!
それでは、また新たな物語でお会いしましょう。
ーーーーーーーーーーーーーー
もし、この物語の「もっと深い話」に興味が湧いたら、ぜひnoteに遊びに来てください。IT、音楽、漫画、アニメ…全シリーズの創作秘話や、開発中の歴史散策アプリの話などを綴っています。
▼作者「かつを」の創作の舞台裏
https://note.com/katsuo_story




