コンピュータに「言葉」を教えた軍人 第7話:退役なき戦い
作者のかつをです。
第三章の第7話です。
普通なら引退して、悠々自適の生活を送るところ。しかし、彼女はそうはならなかった。
生涯現役を貫いた、グレース・ホッパーの驚異的なバイタリティと、国への忠誠心。その晩年の姿を描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
COBOLの成功は、グレース・ホッパーの名声を不動のものにした。
彼女は、コンピュータ業界の「ゴッドマザー」として誰からも尊敬を集める存在となっていた。
1966年。
彼女は、ついに海軍から退役の日を迎える。
規定の年齢に達した、名誉ある退役だった。
長年の功績を称える、盛大な式典が開かれた。
誰もが、彼女の輝かしいキャリアの終わりを祝福した。
しかし、当の本人は少しも休む気などなかった。
退役から、わずか半年後。
海軍は、ある深刻な問題に直面していた。
給与支払いシステムの標準化がまったく進まず、大混乱に陥っていたのだ。
頭を抱えた海軍上層部が、助けを求めた相手。
それは、退役したばかりのグレース・ホッパーだった。
「力を貸してほしい。君が必要だ」
彼女は、二つ返事でその要請を受け入れた。
そして、60歳にして前代未聞の「現役復帰」を果たす。
彼女の戦いは、まだ終わっていなかったのだ。
復帰後の彼女は、まるで水を得た魚のようだった。
海軍内のコンピュータ技術の標準化を精力的に推し進め、若き技術者たちの指導にも情熱を注いだ。
彼女のオフィスには、常に教えを乞う若者たちの列が絶えることはなかった。
彼女は、よく時計を指さしてこう言ったという。
「この時計は、左回りに動いているのよ」
皆がきょとんとしていると、彼女はいたずらっぽく笑ってこう続ける。
「『今まで、ずっとこうだったから』。それが、世の中で最も危険な言葉よ。常に、常識を疑いなさい」
彼女の階級は、どんどん上がっていった。
大佐、そして代将(後の准将)。
海軍史上、最も高齢の現役士官として、彼女は議会やメディアからも注目を集めるようになっていった。
人々は親しみと敬意を込めて、彼女をこう呼んだ。
“Amazing Grace” (アメージング・グレース)と。
彼女は、最終的に79歳になるまで現役の軍人として国に仕え続けた。
1986年、アメリカ海軍の歴史上、最も盛大な退役式典が彼女のために開かれた。
その時、彼女は甲板の上でこう挨拶した。
「私の人生のすべては、海軍にあります。私は、ただ自分のやりたいことをやり続けただけです」
その表情は、達成感と少しの寂しさと、そして未来への変わらぬ好奇心で満ちあふれていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
79歳での退役後も、彼女は死の直前までコンサルタントとして講演活動などを続け、コンピュータの普及に尽力したそうです。まさに、生涯現役ですね。
さて、偉大な軍人であり、偉大な科学者であったグレース・ホッパー。
彼女が遺したものは、現代の私たちにどう繋がっているのでしょうか。
次回、「あなたが書くその「言葉」(終)」。
感動の最終話です。
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