コンピュータに「言葉」を教えた軍人 第1話:海軍大尉グレース・ホッパー
はじめまして、作者のかつをです。
本日より、第三章「FORTRANを編んだ女 ~コンピュータに「言葉」を教えた軍人~」の連載を開始します。
主人公は、コンピュータの世界に多大な影響を与えた、偉大な女性軍人グレース・ホッパーです。
安定した道を捨て、彼女がなぜ新たな挑戦の場に身を投じたのか。
そのプロローグから、物語は始まります。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
1943年、アメリカ。
第二次世界大戦の戦火が、世界を焼き尽くしていた頃。
ニューヨーク州にある名門女子大学、ヴァッサー大学のキャンパスは、比較的穏やかな空気に包まれていた。
その教壇に立つ一人の女性数学者、グレース・ブリュースター・マレー。
後の世に、グレース・ホッパーの名で知られることになる人物である。
彼女は、学生たちから絶大な人気を誇っていた。
難解な数学の真理を、まるで冒険譚でも語るかのように生き生きと情熱的に語る。
その瞳は、常に知的な好奇心の光で輝いていた。
しかし、彼女の心はこの平穏なキャンパスにはなかった。
ラジオから流れてくる、遠い戦場のニュース。
新聞に載る、若き兵士たちの訃報。
彼女の曽祖父は南北戦争で戦った海軍提督だった。国に尽くすという血が、彼女の中にも流れていた。
「私が、この国のためにできることはないのか」
その思いは、日に日に強くなっていった。
そして彼女は、決断する。
37歳。もはや軍に入隊するには若くはない。体重も、基準に満たなかった。
しかし、彼女は諦めなかった。特別免除を勝ち取り、ついにアメリカ海軍予備役に入隊する。
安定した大学教授の職を捨て、彼女が飛び込んだのは、男社会の最たるものである軍隊の世界だった。
厳しい訓練を終え、彼女が任官されたのは、ハーバード大学に設置された海軍の計算プロジェクト。
そこで彼女は、運命的な出会いを果たす。
「ホッパー大尉、君に紹介しよう。こいつが、Mark Iだ」
上官に示された先にあったのは、巨大な機械だった。
全長16メートル、高さ2.4メートル。何十万個という部品が組み合わされ、総延長800キロメートルにも及ぶ電線がその体内を駆け巡っている。
部屋中に、リレーが切り替わるけたたましい機械音が響き渡っていた。
世界で最初の、自動でプログラムを制御できるコンピュータ。
グレース・ホッパーは、その鉄の巨人を前にただ息を呑んだ。
彼女はまだ知らない。
自分がこれから、この機械に「言葉」を教え、未来のコンピュータ社会への扉を開く、偉大な冒険に乗り出すことになるということを。
彼女の新たな戦場が、ここにあった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第三章、第一話いかがでしたでしょうか。
グレース・ホッパーは、イェール大学で数学の博士号を取得した、正真正銘のエリートでした。その彼女が、すべてを投げ打って軍に志願したのです。
さて、鉄の巨人Mark Iと対面したホッパー。
しかし、この機械は、第一章のENIACと同様、一筋縄ではいかない代物でした。
次回、「蛾が遺した「バグ」」。
コンピュータの歴史上、あまりにも有名な、あのエピソードが登場します。
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