計算機センターの女性たち 第1話:忘れられた6人
はじめまして、作者のかつをです。
この度は、数ある作品の中から『IT創世記~開拓者たちの足跡~』の最初のページを開いてくださり、誠にありがとうございます。
この物語は、私たちが当たり前に使っているスマホやインターネットが、まだ影も形もなかった時代に、その礎を築いた「知られざる開拓者たち」の物語です。
記念すべき最初の章は、世界で最初の汎用コンピュータ「ENIAC」を、その頭脳だけでプログラムした六人の女性たちに光を当てます。
ITの知識は一切不要です。
ただ、歴史の裏側で繰り広げられた人間ドラマとして、楽しんでいただけたら幸いです。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
それでは、壮大なIT創世記の旅へ、ようこそ。
2025年、東京。
高層ビルのクリーンなオフィスで、一人の女性がノートパソコンのキーボードを叩いている。
画面には、色とりどりのテキストが複雑に絡み合ったプログラムコードが流れていく。
彼女の職業は、ソフトウェア・エンジニア。
現代において、もはや珍しくも何ともない光景だ。
性別も年齢も関係なく、誰もが論理的思考力と創造性さえあれば、世界を変えるサービスを生み出せる時代。
しかし、その始まりの風景を知る者は、決して多くない。
世界で最初の「プログラム」を組み上げたのが、歴史からその名を意図的に消された、六人の女性たちだったという事実を。
物語の始まりは、今から約八十年前。
第二次世界大戦の硝煙が、まだ世界を覆っていた1945年、アメリカ合衆国ペンシルベニア州フィラデルフィア。
ペンシルベニア大学ムーア電気工学部の、だだっ広い一室。
そこは、静かな戦場だった。
部屋を埋め尽くすように並べられた長机の上で、カチャカチャという機械式計算機の音だけが、途切れることなく響いている。
音の主は、机に向かう数十人の女性たち。
彼女たちの職業は「計算手」。
英語で言うと――“Computer”だ。
兵器ではない。兵士でもない。
しかし彼女たちは、この戦争に不可欠な頭脳部隊だった。
敵国に向けて放たれる砲弾が、どのような軌道を描いて目標に着弾するのか。
その弾道計算は、気温、湿度、風速、さらには地球の自転まで考慮に入れる、複雑怪奇な微分方程式の塊だった。
たった一つの砲弾の軌道を知るために、一人の計算手が三十時間以上も計算に没頭することも珍しくない。
その中でも、カイ・マクナルティ、ベティ・ジェニングス、フランシス・バイラス、マーリン・ウェスコフ、ルース・リッターマン、そしてベティ・スナイダーの六人は、ずば抜けて優秀だった。
彼女たちの頭脳は、どんな難解な数式も、まるで呼吸をするかのように解き明かしていく。
その日、六人は軍の士官によって、計算室から静かに呼び出された。
「諸君らには、新しい任務についてもらう」
士官が案内したのは、大学の地下にある、施錠された巨大な部屋だった。
重い鉄の扉が開かれると、彼女たちの目に信じられない光景が飛び込んでくる。
部屋を埋め尽くす、黒い鉄の塊。
無数の真空管が鈍い光を放ち、見たこともないダイヤルやスイッチが壁一面を覆っている。
複雑に絡み合ったケーブルが、まるで金属の血管のように床を這っていた。
機械の熱気と、油の匂いが部屋に充満している。
「……これは、一体何なのですか?」
ベティ・スナイダーが、恐る恐る口を開いた。
士官は、まるで巨大な怪物でも紹介するかのように、腕を広げて言った。
「これの名は、ENIAC。電子数値積分高速計算機だ。諸君らの仕事を、数千倍の速さで代替する、人類最初の機械だ」
代替する――その言葉に、六人は息を呑んだ。
そして士官は、さらに信じられない言葉を続けた。
「諸君らの新しい任務は、この鉄の塊に、弾道計算のやり方を“教える”ことだ。説明書も、前例も、何もない。やり方は、自分たちで考えろ」
六人は、言葉を失って立ち尽くす。
目の前にあるのは、ただの巨大な鉄屑か、それとも未来そのものか。
まだ誰も「プログラミング」という言葉すら知らない時代。
世界で最初のソフトウェア・エンジニアが誕生する、その瞬間だった。
はじめまして、作者のかつをです。
この度は、数ある作品の中から『IT創世記~開拓者たちの足跡~』の最初のページを開いてくださり、誠にありがとうございます。
この物語は、私たちが当たり前に使っているスマホやインターネットが、まだ影も形もなかった時代に、その礎を築いた「知られざる開拓者たち」の物語です。
記念すべき最初の章は、世界で最初の汎用コンピュータ「ENIAC」を、その頭脳だけでプログラムした六人の女性たちに光を当てます。
ITの知識は一切不要です。
ただ、歴史の裏側で繰り広げられた人間ドラマとして、楽しんでいただけたら幸いです。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
それでは、壮大なIT創世記の旅へ、ようこそ。
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▼作者「かつを」の創作の舞台裏
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