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商店街と思い出の匂い


「それで今日はどこに行くつもりなの?」

 喫茶店へ出かけてから数日経った土曜日の昼に、僕は彼女に呼び出されていた。


「今日は商店街に行ってみようかと思います。

 私、実はあまり行ったことないんですよね。先輩はあります?」

「僕もあの辺りはあまり行ったことないかな。この前喫茶店に行った時だってかなり久しぶりだったよ」


 商店街はあの“タヌキ”の通りだった。

 僕はともかく彼女があまり行ったことがないのは少し意外だった。


「商店街って…まだやってる店があるの?」

「そこは大丈夫ですよ。

 友達が商店街のクレープが美味しかったと話していたので」

「なるほどね。それで今日の目的なわけね。

 ウォーキングする羽目にはならなさそうだね」


 小説的にも、女子高生がクレープを食べている姿は華がある。

 そんな冗談を言おうとすると彼女の口元が動いた。


「そのうち病院の味の無いご飯に変りますし、今の内に喰い溜めておきたいですし」

「……そうだね」


 ―――彼女にとっての“その時”はその程度の認識なのだろう。

 必ず来る未来に備える程度の、いつか壊れることを前提とした……。


 同情しかけた自分の思考を慌てて振り払う。僕に資格はない。

 ならばせめて、彼女の願いが叶うようにするのが、せめてもの償いではないだろうか。


「それいいね。病院食との対比。

 小説的に映えるから、今日は身体に悪そうな物を食べよう」

「先輩も中々に言いますね。けどその方が嬉しいです。

 食い倒れて死ぬまでとことん食べますよ‼」

「こんな序盤で、華の無い死に方はやめてくれ。

 ギャグ小説にでもするつもりなのかな?」


 そんな軽口を叩き合いながら、商店街のアーチをくぐる。

 

 中はてっきり国民的アニメのような昭和風のお店が連なるのかと思っていた。

 だが意外にも新しめなカフェや健康志向のハンバーガー屋がある一方、昔ながらの時計屋だったりと新旧のお店が混在している。


 彼女はホイップクリームのたっぷり入ったクレープを、僕はみたらし、あんこ、きな粉を全部盛りしたく串団子を片手に石畳を歩く。


 人通りはまばらで、買い食いするには最適だった。

 それでも途中、すれ違う人をよける際に、彼女はトッピングのイチゴを落としかけた。

 慌てた姿を見られたことも、楽しかった。


「満足してもらえたようでよかったです」

「うん、とても満足」


 主婦から学生まで楽しめる、地元の人間が休日を過ごすにはちょうどいい、そんな場所だった。


「来てよかったです。自分の住んでいる町のことを知れて」

「それが今日の本当の目的?」

「まぁそんなところですね」


 彼女は並ぶ店々を見渡しながら答えた。


 活気に満ち溢れているとは言い難い。だがこの町に生きる人たちがいた。

 今日初めて見るはずなのに、どこか懐かしく感傷的な気持ちにさせられた。


 彼女は死ぬ前にこの光景を思い出すのだろう。

 僕も死ぬ時にこの光景を思い出せるのだろうか。


 自分が生まれ育った環境を、過ごした日々を。


 そして自分がどうしてこの町に生まれたのかと。

 生まれ育った場所に理由などないはずなのに、きっとそこに意味を持たせようとするのだろう。


「死ぬまでにやっておきたいことがあれば、遠慮なく言ってね。

 その方が君の後悔も無くなるし……小説だって面白くなるからさ」


 自然と言葉を口に出していた。

 僕の心からの善意だったのがだ―――彼女はニヒヒっと悪役がしそうな笑みを浮かべた。


「それはまた大きく出ましたね。一体何をして貰いましょうか」

「あくまで僕の出来る範囲で、決定権は僕にあるからね!!」

「そうですか、詰まらないですね。

 マグロ漁船とか興味があったんですけど」

「何をさせるつもりだったのかな!?」

「……ではマグロの代わりに、服を買うので付き合ってくださいね」


 彼女が指さす先には、店先でラックやワゴンが並ぶ女性向けの服屋だった。

 ブランド店のような格式張った雰囲気ではなく、入りやすいカジュアルさがある。


「……わかったよ」


 マグロ漁船を引き合いに出されては、大抵のお願いは聞かざる得ない。

 彼女は手近に掛けられていた服を何着か手に取ると

「これとか可愛くないですか?」と二着を見せてきた。


「あー、うん。いいんじゃない?どっちも可愛いと思うよ」

「もっと小説家らしく、気の利いた感想をください」

「無理だよ。女性の好みなんて知らないんだからさ」


 彼女にわざとらしく溜息を吐かれた。

 だがこればっかりはどうしようもない。


「そんなんじゃ困りますよ。

 先輩の好みの服を選んでくれないと」

「僕の?それじゃあまるで―――」

「デートみたいとか思いました?」


 彼女はニヤリといつものように意地悪な顔をこちらに向ける。

 その反応で僕をからかっているのだと理解した。


「思わないよ。僕らはそういう関係じゃないだろ?」

「はい、もちろん。

 ですからこれはデートではありません」


 わかっていたはずなのに、その言葉に少し胸が痛んだ。

 僕は取り繕うように改めて尋ねた。


「ならどうして」

「単純に私がやってみたかっただけです。

 異性とのデートっぽいことも、死ぬまでにやりたかっただけですよ。

 深い意味はありません」


 彼女はこちらに顔を見せることなく、服を選びながら平然と言った。


「それに先輩としても、小説の登場人物ぐらい好みの格好をさせたくないですか?」

「確かに君の服装がジャージやメイド服だったりされると、書く側としては困るね」

「メイド服……面白そうですね」

「なんの小説かわからなくなるからやめてくれ」


 その後も彼女は何度か服を見せては、全て二択で選ばせてきた。

 こちらとしては服を選んでいるというより、心理テストをしている気分だった。

 センスの無い僕からすればわかりやすくて助かるが。


 目を輝かせながらも色とりどりの服を手に持ち、身体の前で採寸する姿は紛れもなく年頃の女の子だった。

 ―――病人であることを一瞬忘れてしまうほどに。


 一時間ほどして彼女は袋を抱えて現れた。

 途中から僕は関係なくなり、ベンチに座っていたわけだが。


「何を買ったの?」

「先輩が選んでくれたこの服です。

 これで先輩もメロメロですね」


 そういうと彼女は袋から服を取り出しこちらに広げて見せる。

 派手さはないが彼女に似合いそうな淡い桜色をした、ゆったりしたシルエットのワンピース。

 確かに僕が選んだものだ―――トーナメント二回戦で敗退していたが。

 どうやら義理堅くも買ったらしい。


「他にも何か買ったの?」

「あっ、こっちですか。こちらはまだ見せられませんね。

 なんだと思いますか?」


 彼女はいつものようにからかうような笑みをこちらに浮かべる。

 下着かなと無遠慮に考えたものの口に出すことは当然しない。

 そんな僕の反応を見てつまらなかったのか、大人しく彼女は口を開く。


「パジャマですよ、入院した時に着る用の。

 中々可愛いものがありまして。

 その時まで楽しみに待っていてくださいね」


 彼女の意地悪そうな笑みに僕は何も言葉を返すことが出来なかった。

 僕は勘違いしていた。


 彼女が病気のことを忘れることなど一分一秒一瞬すらあり得ないのだと。

 それが当たり前であり、彼女はそういう存在なのだから。

 


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