リッター・アルバートという男①
「うーーーーム、そろそろ・・・かな?」
焚き火を囲む一人の男は、まるで誰かに語りかけているかの様に独りゴトをぶちまける。
「よォし、焼けたぜ」
鉄のクシに貫かれた魚は、表面が真っ黒になるまで焼かれている。が、それは皮が分厚く中に火の通りにくい種類であるため、寧ろここまで焼いたほうが良いのだ。
「ま、最初の一口はサイコウに苦いけどなぁ」
串の両端を小さめの布切れで包み、ガッシリと掴んでその身にかじりつく。
「ガシィ・・・ハフ・・・
ふぅ、オマケに身もそこまで多くないときた・・・まぁ、大量に釣れるから文句は無いが」
男の名はリッター・アルバート。国籍は無し。職業も身寄りも無し。
持っているのは簡素なサバイバル道具と、少なめの金銭で、様々な地方を行ったり来たりして日々を暮らしていた。
「・・・もう夜も遅いな。調味料のキレが早いし、明日は都の方へでも行くかな・・・・・・」
焚き火を消し、毛皮の寝袋に身を包む。その日は、雲が少なく星空が良く見える日であった。
(・・・・・・明日も快晴か)
目で星々を追う。赤く大きいものが3つ、青の小さいものが7つ、特段大きくて白いものが1つ・・・・それらを見ていると、自分自身が指でつまめる程度の小さな存在に思えてくるようだった
「・・・・先の北氷王国による王宮爆破事件、ご存知でおられますか」
「大事な貿易相手だ・・・・相手のお国事情を知らずして大臣が務まるものか」
男は、巧みに伸ばした鼻下のヒゲを指ではじく。サッシュに括り付けられた14の勲章一つ一つが、月の光を乱反射させている。
「・・・・かなり前から、気になっていたのだよ。・・・・・・《魔王軍》を名乗る存在について」
「私めも伺っております。前年には更に北、ドミニックの国王夫妻が襲撃によって逝去されたと・・・・」
男は、スッと立ち上がった後に目の前に積んである書類を叩き落し、机をめいっぱい殴る。
「もう何回目だ・・・・?各王国のトップが相次いで命を狙われている!目的は一体何なのだ・・・・?手段は一体何なのだ!このまま南下してくれば、この国まで・・・・」
「落ち着きくださいませ、アルタネイト様」
白髪の老人は、激昂する男・・・・アルタネイトという名の男を落ち着かせる。
「国を治める立場にあられる貴方様が、そんな振る舞いでは・・・・」
「だが!こう激昂せずにはいられないのだ・・・・!じきに此処も襲われるやもしれんのだからなッ!!」
強い眼差しで老人を睨みつけた後、力をなくした様に再び椅子に座った。
「・・・・。」
申し訳なさそうに、老人から目を逸らす。
「分かっております。"娘様"の事を気にかけておられるのですね」
アルタネイトの顔が強張る。額から無数の汗が流れ、目は開ききっている。
「・・・・もう・・・・失いたくは無いのだよ。・・・・もう」
沈黙の空気が流れる。時に、其処から東に少し離れた国外のとある平野にて。
~~~~
「・・・・なんだろーな。今日は最高の天気だってのに全然眠る気にならねぇ。天の神様は、俺に一晩中星空を見せびらかしてぇってのか」
寝袋に包まるリッターは、何故かいまいち寝付けないでいた。
「少し散歩でもするか」
そう言うと、寝袋から身を出し立ち上がった後、肩の音を鳴らしながら体をほぐす。
消えた焚き火の近くに置いていたランタンに火をつけ、のんびりと歩き出した。
かなり歩いただろう頃。大きな森が目の前に立ち塞がった・・・
(この時間帯に森に入るのは危険だな。魔物が活発に動く時間帯だ)
そう思い、振り返ってもとの場所に帰ろうとしたとき。
《キャアアアアアアアッ!!》
「!?」森の奥から、何者か・・・・少なくとも魔物ではない誰かの声が響く。声の高さを見るに、女性のようだ。
(なぜ悲鳴が・・・・?まさか、冒険者か?)
夜は、魔物の力が存分に引き出される時間帯。満月の反射する光の影響もあり、ほとんど力は変わらないのだが、森の中という立地の悪い、かつ視界の悪い森の中で戦うのは・・・・熟練の冒険者でも難を極める行為なのだ。
「この時間に森の探索など・・・無茶に決まっているだろ!クソッ!」
歯を食いしばり、森の中に全速力で走っていく。
「どこだッ!どこに居る、冒険者!聞こえているなら返事をしろッ!!」
返事はない。頬を冷や汗が伝う。
(・・・・ッ、立ち止まる余裕はねぇ・・・・かなりまずい状況だ、早く声の発生源を見つけねぇと!)
途中、体を木々に何度かぶつけたが、そんな事は気にしないかのように走り続ける。・・・・やがて、少し開けた空間にたどり着いた。
「・・・・た、たす・・・・け」
(・・・・ここか!)刃渡りの短い剣を両腰から抜き、両手で構えながら飛び込む。
女の冒険者が倒れていた。右肩と左足に大きな打撲傷があり、かなり血が流れ出している。
「立てるか!お前」 「・・・・・・む・・・・い」
「駄目か!・・・・そこを動くなよ女、俺がなんとかしてやる!」
背後の草影から、かすかな物音を感じる。
(物音は・・・・3、いや4つ。気配の大きさから見て、ゴブリン系か。と、すると)
物音が大きくなる。・・・・リッターは、剣を構えたまま動かない。
そして、草から何かが飛び出る音がした瞬間。リッターは・・・・瞬間的に地面にかがみこむ!
「いいか冒険者!集団のゴブリンは、最初の1体の対処が肝心だ。奴らは力自体は無いのだが、集団での戦いに長けている!」
左手は地面に広げ、右手は短剣を逆さに握っている。
「そのため最初に襲い掛かる奴は必ず跳躍して、体にしがみ付き身動きを取りにくくさせようとするのだ。・・・・つまり、こうすることでッ!」
発言どおり、ゴブリンが1体草むらの中から、リッターの方目掛けて高く飛び上がってきた。
「前ばっかり見て、足元に注意を払わない様じゃあ・・・・狩りは出来ないぜ!」
短剣をゴブリンの腹に突き刺す。そのまま地面にたたきつけて、殴りつけ顔面を砕く。剣を引き抜いた頃には、完全に息の絶えた抜け殻と化していた。
拳の血を払い、振り向く。
「さぁ、次はどいつだッ!」
間髪入れずに、3体のゴブリンが襲い掛かる。
(棍棒持ちが2体に、槍持ちか・・・・槍はこの冒険者のものと見て良いだろう。先に仕留めるか)
今度はリッター自身が飛び上がる。ゴブリンらの真上にまで来た後、靴についてあるレバーを倒す・・・・すると、丁度かかと裏の辺りから刃物が飛び出した。
急降下し、足の刃物が槍を持ったゴブリンの首を貫く。一瞬にしてそのゴブリンは息絶え、2つの無機物と化した。
「・・・・これで、最後だッ!」
油断している残りのゴブリンに、後ろから頭へ剣を差し込む。地面に倒し、何度も抜いては刺してを繰り返した。
「・・・・ゴブリン、討伐完了。報酬は・・・・死にかけの冒険者、か」
ナイフの血を布で拭い、鞘にしまう。足元を見回すと、槍が落ちていた。
(・・・・拾っておこう)
「さてと、運んでいっても問題ないよな?ここで一晩明かす事はできないだろうし」
女の手を掴み、背負って森から出て行こうとする。ふと、耳元に声がした。
「あ・・・・り・・・・・・が」
「あまり声を出すな。とにかく休め」
焚き火の元まで戻ってきたリッターは、寝袋の上に女を置き、バッグの中から回復薬を取り出した。
「中級ポーションだ。打撲傷程度なら簡単に治せるだろう・・・・さぁ飲めるか」
「う・・・・ん」
弱々しく手を伸ばした彼女は、小ビンに入った液体を飲み干す。・・・・みるみるうちに、体にあった無数の傷は消えていった。
「・・・・何故、一人で森にいったんだ?あんた、初級冒険者だろ?冒険者学校でも、夜間の森は危険だと教わっただろうに」
「・・・・」
女は目を逸らす。・・・髪がよれ、鋭い耳が露になる。特徴から見るに、どうやらエルフ族の冒険者のようだ。
「・・私、すぐに冒険がしたかった・・・・。一緒に冒険してくれる仲間を探して探した・・・・」
「そして、やっと一組見つけたの・・・・でも、『夜に森に入って、オークを狩ってくるまで入れてやらない』って・・・・言われた」
「オークだとッ!?」
オークは、この辺に出没する人型魔物の中でもトップクラスの知力・凶暴性を持っており、戦闘経験の浅い者が挑んでいい相手ではないのは、一瞬で分かることである。
「・・・・バカ野郎!そんな事はすぐに無茶だと分かるだろう!」
「でも・・・・断れなかった・・・・馬鹿にするような目で見てきて・・・・腹が立った・・・・」
「バカにされて腹の立たない奴はいない。・・・・だとしても、そんな軽率に命を投げ捨てにいくようじゃあ、冒険者にはなれない。この先、ずっとな」
「・・・・・・。」
リッターは、地面にそのまま寝そべり、仰向けになって眼を瞑る。
「とりあえず、今日はそこで寝ろ。寝袋は貸してやる・・・・そして、朝になったらすぐに都に行くぞ」
女は、顔をしかめた後、何も言わずに眠りについた。
(・・・・俺も、子供のときはあんな風に冒険者に憧れてたな・・・・まぁ、今やこんな浮浪者になっちまったが)
・・・・・先ほどのように、空を眺める。なぜか、白い光がさっきより大きく感じられた。
(・・・・やっと眠くなってきた・・・・・・)
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「娘様・・・・一体どこまで行かれたのですか・・・・」
城の窓から街を眺める老人。・・・・大臣と別れた後、彼は吹いてくる風を体に当てていた。
(大臣は、未だにトラウマを背負っているようで・・・・やはり、”あのお方”を失ったことが深い傷になっておられるようだ)
「・・・・はぁ」
「爺。どうされたのですか?」
「・・・・あっ、これはこれは姫様!こんな時間においでになって・・・・どうされたのですか?」
「・・・・最近、大臣らの様子がおかしいのです。私も何かお力添えできないかと思いまして、考えにふけっていたのです」
赤髪に質素な寝巻きを纏った、この国の姫らしいその少女は、爺にほほえみを見せたが、どこか不安な顔持ちを見せた。
(姫様・・・・なんとお優しい方だ)
「・・・・いい景色ですわね、爺」
「ええ。とてもいい景色でございます・・・・」
空に浮かぶ白い光は、着実に、じわじわと近づくかのように輝きを増していた
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「あの惑星まで、約380光年・・・・到着までまだ時間がかかります。どうされますか」
「フム・・・・ならば、今のうちに他の居住可能な惑星を探しておけ」 「ハッ」
数多の星間を突きぬけ、43の艦隊は母船を囲み進み続ける・・・・
「ここ数年で見つけた星の中では遥かに環境の整った惑星だ。必ず制圧し、我らの新たな母星としてやろうではないか!」
艦内に歓喜の声が広がる。無数の軍隊は、大地に立つことを今かと待ちわびていた。
小説家になろう、初投稿です
完結までとんでもない時間がかかりそうだけど、最後まで細々く続けられたらいいなぁ
次回もよろしくね