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地獄篇

地獄に落ちた石ころのお話

 地獄というものは生物が落ちるものだと思われているが、ここに奇妙な石ころが地獄にあった。その石ころは目が覚めると、どうやって石ころが考えられているのか、ものを見ているか分かるか全く分からないながら、何事か考え始めていた。『一体何で俺は地獄のような場所にいるのだろう。俺は何かしただろうか、俺は石ころにされる罰でも受けたのだろうか?』と考えてみるが、考えてみる程に、石ころは自分がずっと前から石ころだったように思うし、手違いで石ころの自分が地獄に落とされたとしか考えられない。『とすると次に俺を待ち受けているのは罰だろう!石ころはどんな罰を受けるのだろう?砂になるまで砕かれたりするのだろうか』そう考えると、恐ろしさでがたがた震えてきそうだが、身震い一つ石の身では起こすことが出来ない。

 どうしよう、どうすることも出来ぬ、とじっとしていると(じっとしているしか出来ないのだが)、向こうの方から影の群れが来るのを見た。もしかしたらここは地獄ではないかもしれないという期待を込めて、石ころは目玉も無いのに注視しようと頑張っていた。それは多分亡者の集団だろうか、男女ともに真っ裸で、恐ろしい角が生えた鬼らしき者に惹かれていた。上空には大きな翼の生えた鬼が飛び回り、唾だの罵詈だのを吐き散らしている。どうやら本当に地獄らしかった。全部は見えないが、空模様も良く見れば奇怪な色に蠢いている。何とか声をかけようとするが石の体にそんなことは出来ないので、俯いて歩く亡者の集団と、陽気に喚いている鬼どもを見送ることしか出来なかった。『全く気付かれないということは、俺は一体何なんだろう?』

 集団が彼方へ行くと、今度は此方から別な集団がやってきた。こちらは上等な服に麗しい冠帽を付け、見るからに貴人天人の類である。地獄に天の住人らしき者がいるのはどういった訳だろうか、と考えていると、一人の人が石ころに目を止めた。明らかにその石ころを見て、仲間に言うことには、「この石は他の石とは違うぞ。何か生きているような心地がする」と。別な貴人が、「では蹴ってみろ。石が悲鳴を上げるかもしれない」と言い、それが石ころを足先でつつく。視界が少し回転した。「そんな風に優しく蹴ってもどうにもならん。もっと強く蹴るのが良い」と聞こえるや否や、視界が突然ぐるぐると回り出し、地面に何度も打ち付けながら石ころは跳ねていった。すると追いついてきた貴人がまた蹴飛ばし、三度蹴飛ばし、四度蹴りつける。五度目が終わるとすっかり石ころにはひびが入ったような心地がして、どこか体が心許ない具合になった。貴人たちは、石ころが一つの悲鳴も上げないのを確認すると飽きたと見えて、どこかへ行ってしまった。

 石ころは惨めな気持ちになった。『俺はやはり石ころの時分に何かしたのだろうか?何もしていないのに知らない者どもに蹴飛ばされることなどあるだろうか?俺は生前特別人を転ばせて不快にした石ころだったのだろうか?』そんな風に思っていると、今度は前から子供の集団がやってきた。水子か餓鬼どもだろう。彼らは石ころが普通でない石ころかであることは理解しなかったが、ひび割れた石ころの見た目を気に入ったのか、それを投げて遊び始めた。風を受ける感覚と共に、石ころの内部から何かが吐き出されそうな、人間で言う所の吐き気に似た感覚を覚え始めた。しばらく投げられていると、子供は石を取りそこなって、地面に落としてしまった。割れる音がはっきりと聞こえると、子供は瞬時に興味を失くして、どこかへ消えた。

 石ころは真っ二つになった。己が小さくなった感覚はあるが、まだ思考は消えなかった。どうすることも出来ない。すると先ほどの貴人の一人がやってきて言った。「さっきは仲間たちがすまなかった。だが君は何かの手違いでここにいるのではないだろうか。君をここで砕き切ってしまえば解放できるのだが、どうだろう?」人に嬲られるのはもう嫌だったから、是非そうしてほしいと願い、何とか体を動かそうとするが、動きはしない。しかし貴人には伝わったようで、「では」と言うと、彼は足を振り上げて、石を踏みつけて、地面に擦っていった。自分が瞬間的に砕かれ、どんどん体を欠損させていく感覚は、体を削られて首や脳だけにされていく感覚と似たようなものであるが、貴人の妙によって、その痛み感じられなかった。

 塵よりもさらに小さい粒にされてようやく絶命した石ころは、無事に現世の石ころへと還り、何も考えることなく、何の変哲も無い石ころのままだった。

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