表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/30

奇妙な桜/神様のお話

こんな所に桜が咲いていたかしら、と思っていると、益々そうでないような気がしてきた。家の庭に突然それは現れた。以前は無かったように思えるが、庭など普段注視しないので、もしかしたらあったかも、とも思えてくるのだ。もう梅の時期ではないからそれは桜のように思えるのだが、花弁が豪雪のような白さで、しかも体躯が小さく、私の背を少し越したぐらいの高さしかない。花弁の形は確かに桜だし、詩的感性のようなものが何となくこれを桜と呼ぼうとしているから、私はそれを取り敢えず小さな桜だと思うことにした。

 長い休みが明けて学校に行くと、学校にも桜が多く咲いていて、庭のもの程ではないが、花弁は白を帯びていた。桃色が薄められた斑のように白地に入っている風だった。当然見上げるような立派な長身で、どこかから輸入してきた特別な桜らしい。直線の道を挟むように植えられた場所などでは、時折花びらが嵐のようにそこら中を舞う。それは古には神々を楽しませもし、それを空想する歌人もいただろうと、憂鬱な感傷を私にもたらした。

 ひとしきりの感傷を終えて帰宅すると、庭の不可解な桜は心なしか黒ずんでいたように見えた。冬のたけなわのような、ぱりっとした白さは確かに消えており、代わりに、溶解と凝結を繰り替えして灰になった積雪のように黒ずんでいた。昨日見つけて、もう色が変わるものだろうか。昨日の時点で既に多くの時期を咲いていたのだとすると、もうここから花は落ちて緑色に変わり、他の木々の衆に埋もれてしまうだけだろう。残念だと思いつつも、毎日その桜を見てその様を見届けてやることにした。他の木に比べると酷く小さいから、子供が衰弱死するのを見届けるような感じがして、あまりいい気持ちはしなかった。

 だが不思議と花が落ちて木の足元に花弁溜まりを作ることは無かった。代わりに花弁はどんどん黒ずんでいき、一週間もすると完全に灰色になり、もう一週間すると完全に真っ黒になってしまった。自然を探し回っても、宇宙の暗黒以外でこれ程深淵な黒色は見つかるまいと言えるほど黒い桜が完成した。もう桜が散り始める頃になっても、黒い桜は一片の花弁も落とさず、ずっと黒いままだった。

 いつまでも枯れないのだろうかと思いつつ、夜になってもう一度庭に出てみると、その黒が光を放っているような気がした。日が完全に落ちて、家の電気が無い暗さの中でも、夜の黒に桜の黒は同調しないのである。夜と桜の間に明らかな断絶が見られた。桜は目立とうとしていた。夜を押さえつけてしまうような確かな凶暴さが、美しさの中に隠されていた。九重宮(ココノエノミヤ)だと私はその頃から勝手に呼んでいた。八重桜ではなかったからだ。

 しかしある時から私は学校の用事が忙しくなって、あまり九重宮を見ることが無くなっていた。たまに視界の端に映る程度のことが多く、その度に姿は変わっていなかったように思う。夏が来て、冬が来ても桜はずっと黒く灯っていた。冬の終わりになるといよいよ桜のことすら忘れてしまった。そして次の春が来て、桜より早く梅が咲き始める頃、私はようやく黒い桜のことを思い出した。そういえば九重宮なんて名前を付けたと思って庭に出てみると、桜はすっかり消えていた。木そのものがそっくり消滅していて、元咲いていたところには、雑草が他と変わらず繁茂していた。庭中を探してみたが、どこにも黒い桜は咲いていなかった。

 次に彼女が咲くのは別の人の所だろう。随分な気まぐれに付き合わされた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ