episode09 写真に映るもの
柊の目の前で、白石がタブレットの画面を操作した。
「これが、イツキが残したデータか……」
白石の声は静かだったが、その期待が画面を操作する手に現れていた。
画面が切り替わり、フォルダが開く。しかし、そこに並んでいたのは数枚の写真だけだった。
「……なんだ、これは?」
白石は画面をスクロールしながら眉をひそめた。
柊もその様子を覗き込む。写真はどれも家庭の中で撮影されたようだった。
その中の一枚に、柊は思わず目を奪われた。
それは、幼い柊が母親と一緒にオムライスを食べている写真だった。
「……これ、俺だ」
柊は呟いた。
母親が嬉しそうに微笑み、柊の目の前には赤いケチャップでデコレーションされたオムライスが置かれている。写真にはさらに、小さなマグカップに入ったスープも写っていた。
「くそっ!」
白石が苛立ちを隠さず声を荒げた。
「こんなものに何の意味がある?データはどこだ!?」
白石は顔を上げ、柊に鋭い目を向けた。
「お前は知っているはずだ!お前の父親がどこにデータを隠したのかを!」
「俺が知るかよ!」
柊は声を荒げて言い返した。
「父親とは10年以上会っていないんだ!そもそも、なんでこんな写真が……」
柊は画面をもう一度見つめた。そこに写るオムライスとスープには、どこか違和感があった。
母親はオーガニック食品にこだわり、ケチャップも手作りしていた。
手作りのケチャップはもっと濃厚で、トマトのドロドロとした食感が残っていたはずだ。
だが、この写真に映るケチャップは市販品に見える。
それだけではない。添えられたスープも、どう見てもインスタントのものだった。
「おかしい……」
柊は写真をじっと見つめながら呟いた。
「このスープ……母さんがこんなものを作るはずがない……」
その言葉に、白石は苛立ちを爆発させた。
「そんなことはどうでもいい!お前は知っているんだろう、データはどこだ!?その写真はなにかの暗号か?」
「知らないって言ってるだろ!」
白石は崩れ落ちるように床へひざをつき、嗚咽した。
「おいおい、泣かなくてもいいだろ……」
「柊くん、この研究は人類にとって非常に重要な意味を持つ。君のお父様の研究が完成すれば、未知の感染症や新たなウイルスの脅威から多くの人々を救うことができるかもしれない」
柊は腕を組み、椅子に深く座り直した。
「だったら、なんで父さんは研究所を出て行ったんですか?」
白石は一瞬だけ言葉に詰まる。
「あんたたちのほうが、父さんのことをよく知ってるだろ。出て行ったのか、追い出したのか知らねえけど、原因はあんたたちにあるんじゃないのか」
「人聞きの悪いことを言うな。彼は自分から出て行ったのだよ。彼には彼の考えがあったのだろう。……だが、イツキの研究がここで終わるべきではない。君の協力があれば、この研究を完成させることができる」
「協力しろって……俺が?」
柊は呆れたように笑った。
「父さんのことなんて、何も知らないのに?」
白石は少し前のめりになり、真剣な表情で言った。
「君が知らないわけはない。イツキは間違いなく、この研究を君に託すつもりだった」
その言葉に、柊の表情が一変する。
「俺たちを捨てて、スリランカに逃げて、自分の研究に没頭してた父親が……今さら俺に託す?ふざけるな」
白石は椅子から立ち上がり、タブレットを手に持ちながら柊を見下ろす。
「君がどう思おうと、イツキの研究を完成させるには、君の力が必要なんだ」