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episode 04-暗号

 ラシャはマグカップをテーブルに置き、じっと柊を見つめた。

「日本って休暇が取りにくいでしょう?親族が亡くなったことにしたら休めるって、イツキがよく言ってたから」

 イツキとは父親の名前だ。

 柊はがっくりとうなだれた。とうとう、親が死んだと嘘をついて忌引きを使ってしまったのだ。

「……もういいです。事情はだいたいわかりました」

 柊はため息をつく。

 教頭には、悪質ないたずら電話だったと説明しよう。さすがに新学期早々1週間も休みだなんて気が引ける。父親がなぜ今頃になって柊を呼んでいるのかは不明だが、スリランカまで行く必要なんてないだろう。

 ところが、マグカップが空になってもラシャは帰ろうとしなかった。

「さあ、行く準備をしてちょうだい」

「だから何で?行きませんよ。仕事に戻ります」

「お父様よりも仕事が大事?!」

 ラシャの言い方に柊はむっとした。

「ああ、大事ですよ!ずっと俺のことを放っておいた父親なんて、今さらどうにでもなればいいだろ。何ですか?金に困ってるんですか?」

 それとも末期癌で心細くなり、今頃息子に会いたくなってったオチか。笑える。

 するとラシャの目にうっすらと涙がたまり、柊はぎょっとした。

「あなたのお父様は、追われているの」

「……追われている?」

「あなたももう巻き込まれているのよ」

「は……?」

「あなたはメッセージを受け取ったでしょう――『デスプラントの森で待つ』は、暗号なのよ」

 柊は無意識にポケットの中のスマホを握りしめた。

「あのメッセージ……どうしてラシャさんが知ってるんですか」

「私のところにも同じメッセージが来たからよ」

「……父さんが、あなたにも?」

「無茶苦茶なのよねえ」

 ラシャはふっとさびしそうに笑う。

 この人は父親の何なのだろう。

「でも私だけでは暗号が解けない。だから迎えに来たわけ。あなたにいっしょに来てもらうわ」

「暗号なんて、俺……」

「細かいことはゆっくり話すわ。時間がないの。荷物をまとめて」

 ラシャは立ち上がった。彼女の派手なワンピースがふわりと揺れる。

「急がないと、お父様は本当に死ぬかもしれないわよ」

 柊は息を呑んだ。

 胸の中に、あのメッセージが浮かぶ――「デスプラントの森で待つ」。

「なんで今さら……」

 柊は混乱しながらも、どくどくと脈打つ鼓動を止められない。

「パスポートはあるの?」

「え――ああ、たしか……」

 グアム旅行に行ったのは3年前だ。まだ期限は切れていないはず。

 別れた彼女のことを思い出し、いやな気持ちになった。

 柊が英語ができると思い込んでいた彼女にがっかりされたのだった。

「とりあえずパスポートとスマホがあればいいわ。行きましょう!もう時間がないんだってば!」

 ラシャは時計を指差す。

「11時20分成田発に乗りたいの。1時間前にはチェックインしなきゃ!それを乗り過ごしたらもう直行便がないのよ!」

「えっ、やべえじゃん」

 柊は反射的に立ち上がった。パスポートとスマホ、財布、着替えを何着かリュックにつめこむ。こんなときに何が必要かまったく頭が回らない。

「急いで!」

 煽られるままに柊はアパートを飛び出した。スーツのままだ。せめて服を着替えてくればよかった。

 玄関の外に出ると、目に飛び込んできたのは鮮やかな黄色のジープだった。

「げっ、これに乗るのか……」

 ごついのボディにどぎつい黄色。柊は絶句した。

「私の愛車よ! いいでしょ?さあ乗って!」

 ラシャは得意げに言う。

「こんなの絶対目立つだろ……」

 柊は呆然とジープを眺めながら、恐る恐る助手席のドアを開けた。

 中も派手だった。シートカバーは派手な花柄、ダッシュボードには謎の民族調オブジェが並んでいる。

「さあ、乗って!」

 ラシャは勢いよく運転席に飛び乗り、ハンドルを握った。

 そのとき、道路を一人歩いている中学生に目が止まった。


 ――あ、あいつ……


 国枝あおいだ。柊が担任になる2年C組の生徒。

 中学一年生のときから不登校気味だったが、どうやら入学式初日は登校できたらしい。

 国枝あおいはジープに驚いた表情で硬直している。しかも、乗り込もうとしているのが柊と気づき、さらに絶句している。

 柊があおいに視線を向けた瞬間、あおいはさっと目をそらした。

 明らかに「見なかったことにする」という意思が漂っている。

 ――最悪だ……。

 これから1年間担任をつとめる女子生徒に、初日から目をそらされた。

 しかしここでひるんでいてはいけない。

 先生として、しっかりと挨拶しなければ。

「おう、おはよう!あのな、先生実は……親の葬式でな、しばらく休みになったんだよ!」

 あおいは不審そうな目で柊を見た。

「気をつけて行けよ。じゃあな!」

 柊は頭を抱えながら助手席に乗り込んだ。

 ジープのエンジンが勢いよく轟き、ド派手な黄色が街の中を走り抜けていった。

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