episode 03 -謎の女
スマホが震え、画面に見知らぬ番号が浮かび上がる。
「……誰だ?」
普段なら無視していただろうが、もしかしたら親戚の誰かかもしれない。妙な胸騒ぎがして、柊は指をスライドさせた。
「もしもし?」
「――やっと電話に出たわね!」
明るい女性の声が耳に飛び込んできた。
「誰ですか?」
「話はあと。そっちに行くわ、草壁柊くん」
「は? そっちって? 何言って――」
部屋のチャイムがけたたましく鳴った。
「!?」
柊は反射的にスマホを耳から離して、玄関の方を振り向く。
「まさか……」
警戒しながら立ち上がり、チェーンをかけたままドアを少しだけ開ける。
隙間から見えたのは、柊の人生で見たこともないほど派手な女だった。
「ハーイ! 草壁柊くんね?」
髪は黒く肌も浅黒い。彫りの深い目、唇はこれでもかというほど赤い。
鮮やかな花柄の派手なワンピースが、そのまま南国リゾートから飛び出してきたかのような風貌だった。
「だ……誰?」
言葉が出ない柊に、女は手をひらひらと振った。
「ウィジャヤラトナ・ラシャ・グナセカラ・ディルシリよ。あなたのお父様の同僚!」
「ウィジャ……同僚……?」
柊の思考はついていけていない。
「ラシャでいいわ。とりあえず中に入れてくれる?」
圧倒されるまま、柊はチェーンをはずしていた。女はなんの遠慮もなく部屋に入ってくる。真っ赤なヒールの靴が、柊の無骨な玄関に転がった。
「スリランカから急いで来たのよ」
ラシャは歯を見せて笑う。どうやらラシャはスリランカ人らしい。だが日本語を流暢に話している。
柊は玄関に立ち尽くしながら、ラシャを呆然と見つめた。
ラシャは勝手にキッチンからマグカップを取り出し、ティファールの電気ケトルで湯を沸かしはじめた。
「あの、それでご用件は……?」
「あなたのお父様が呼んでいるから、迎えに来たの。とりあえずコーヒーでいい?」
「あ、はい」
促されるままテーブルに座り、どちらが家の主なのかわからない状況になった。
「もしかして学校に電話をくれたの、ラシャさんですか?」
「そうよ。でもなんだか不審がられちゃって、とにかく柊くんにスマホを見るように伝えるのが精一杯だったわ」
「でも俺のスマホには、なにも連絡なかったですよ」
「連絡がなかった? おかしいわねぇ」
そう言いながら、彼女は柊のスマホに視線を向ける。
「ちょっと貸してくれる?」
「えっ、ちょっと待ってくださいよ。勝手に触らないで――」
ラシャは柊の抗議を無視し、素早くスマホを取り上げる。手馴れた仕草で画面をスライドし、操作を始めた。
「えーっと、番号は……んー?」
「だから勝手に触るなって!」
「あっ!ちょっと待って! これ、もしかして……番号、違ってたわ」
「……は?」
ラシャはスマホを返しながら、少しばつが悪そうに顔を傾ける。
「いえ、ほら、スリランカから急いで来たから。慌てて番号を打ち込んだら、ちょっと違ってたみたいなのよ」
「ふざけてるのか……?」
「まあまあ、それは済んだことだし、気にしない気にしない」
ラシャは軽く手を振りながら、コーヒーを飲み始めた。
柊はイライラを抑えきれず、強めの口調で言った。
「それ飲んだら、もう帰ってください」
「あら、あなたには一緒にスリランカへ来てもらうわ」
「だから何でですか!」
柊は怒鳴る。
「なんであなたが迎えに来るんですか。俺は一人で行けますよ!父さんはどこで死んだんですか」
国外で亡くなるなんて、父親も面倒なことをしてくれたものだ。どういう手続きがいるのかまったくわからないが、とにかく現地で父親を確認したかった。
「あなたのお父さんは生きているわよ」
「へ?」