episode10.記憶の中
柊は写真を見つめながら、胸の中に違和感が広がっていく。
この写真は、どこかで見覚えがある。だが、記憶の中の断片がはっきりとは繋がらない。
「この写真……父さんが撮ったんだよな……」
母親が笑顔でオムライスを食べている光景――それ自体が不自然だった。
母は病気になった後、自力で起き上がることもできないほど体力を失っていたはずだ。
だがこの写真では、病気の痕跡を感じさせないほど元気そうに見える。
「まさか……」
柊の記憶の中で、かつての父親とのやり取りがぼんやりと浮かび上がる。
――お父さんの研究室には絶対に入ってはいけないよ。
幼い頃、父親がそう厳しく言い聞かせていたのを思い出す。
――入ったら……死んじゃうからね。
父親は、研究室で「何か」をしていた。
それが危険だったから、本当に子供が入らないように警告していたのではないか?
柊の胸にざわつくような不安が広がる。
「この写真、母さんが退院しているときに撮られたんだ……。父さんが、母さんに何かを見せるために、一時的に連れて帰ってきたのかもしれない」
「それが何か関係あるのかね」
白石はイラつきながら言った。
「父さんは俺がガキの頃、ずっと自宅で植物の研究をしてた。母さんが病気になったときも……」
何を伝えたいんだ? 父さん。
俺にこの写真を見せたかったのだとしたら、いったい何を伝えたいんだ?
「母さんの病気と、なにか関係があるのか……?」
白石は眉間に皺を寄せて、写真を見た。
平凡な写真だ。オムライスを食べている親子。柊はもう思い出せない。それくらい、ふつうの一日だったはずだ。だが父親にとっては、特別だった……?
「この部屋の奥はなんの部屋なのかね」
白石が聞いた。
指差した部屋の扉は無機質で、そこだけ病室の――例えるならレントゲン室の入り口みたいな、ちょっと違和感のある扉になっている。
柊にとっては当たり前すぎた扉だが、たしかに一般家庭には存在しない扉だろう。
「父さんの研究室だ」
「ほう……」
白石はようやく眉を開いた。
「ここで何を研究していたんだ」
「俺は知らない。入るなと言われていた。そこに入ると死ぬ、って」
「死ぬ?」
いつのまにか部屋にいたラシャの声。
柊は苦笑しながら言葉を続けた。
「子供を脅すために言ったんだろうと思ってたけど……。でも、もしかして……父さんはあそこで“デスプランツ”を栽培してたのかもしれないな」
何気なく言った一言だった。
だが、それが真実なのかもしれなかった。
柊が幼い頃過ごしていたアパートの一室に、こいつらの探す“デスプランツ”がある……?
「……その研究室、今も残っているのかしら」
「とっくに解約してると思うぜ、もう15年近く前だからな」
柊は背筋が冷たくなるような感覚を覚えていた。
「解約したかどうかは、わからないのね?」
「……ああ」
ラシャの目が光った。
「行って確かめるしかないわね」
「へ?」
「あなたがかつて住んでいた場所に案内してちょうだい!」
「ふざけんなよ、なんで俺があんたを……」
「柊くん、あなただけではお父様のメッセージを理解できないわ」
「なんだと?」
「だってあなたは、お父様のことをほとんど知らない」
ぐうの音もでない。
そうだ。俺は父さんのことを何も知らない。
あの人が俺に何を伝えたいのか。
何を考えているのか、何を思っているのか。
“デスプランツ”を探させて、何をしたいのかも。わからない。
「だから柊くん、私を連れていって。そしてお父様のメッセージを受け取りましょう」
ラシャの目が鋭くなった。
「私は……どうしても、イツキが残したものを見つけたいの」