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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

気軽に復讐を

作者: 木村カナメ
掲載日:2026/05/04

『いつだって世界は自分の理想とは程遠いものを映している。私だってこうなりたくてなった訳じゃない』


 こんな思いをするのは、こんなことをするようになったのは、何もかも父親が悪い。


 机の上にびっしりとこびり付いた血を眺めながらそんなことを思う。今週で何度目になるのか分からないリストカット。まだ塞がり切っていない傷口をさらに広げる形でかみそりを何度も何度も何度も何度も動かして、遂には皮下脂肪すら切りつけたのだから妥当な結果でしかない。


 もうすぐ22歳だというのに大した資格も、社会経験も、交友関係も、秀でている事なんて何一つないのも元を辿れば父親が馬鹿なことさえしなければ良かっただけだと、投げやりな他責思考に陥る。


 私に残されたものなんて何も無い。あるのは四肢に刻まれたおびたたしい数の自傷痕だけ。こんなにも自傷を繰り返しておきながら家族は一切口を出してこないのだから、私としては気が楽でとても助かっている。ただふとした瞬間に自分の醜い身体のことを、醜い経歴の事を考えると本当に死にたくなる。そうしてまた自傷をする最悪のループへと突き進んで今に至るのだけれども、かと言って自殺をしなかった理由を問われれば、(ひとえ)に怖かったからでしかない。


 馬鹿馬鹿しいと笑われても仕方のないような理由だと自分でも理解している。過去には自分の首や腹に包丁を突き刺して命を絶とうと試みはしたが、どちらも家族に見つかって取り押さえられ失敗に終わった。重ねて私の住んでいるところは極めて田舎だし、飛び降りられるような高い建物も、飛び込めるような電車も日に数本しか無い。何よりここまで未遂を繰り返した私の事だから周囲の人間に思惑がバレることは明らかだ。ただそれでもここまで生き延びてしまった事には後悔しかない。


 だからこそ自分自身が死ねば周囲への負担も無くなるだろう。そんな考えで死のうとしてきたが、今さらになってその思考があまりにも甘いということを痛感させられている。自分の年齢を省みれば省みるほど無力感と虚無感に襲われる。


 何もかもあの父親の不倫とかいう愚行さえなければ至って真っ当な人間として生を終えることが出来たのかもしれないと思うと、ただただあの男が憎い。


 不倫さえなければ変な噂を流されていじめられることも転校することも無かった。転校直前の高校二年の夏休み明けは本当に地獄そのものだった。でもこの話を誰かにしても『世の中もっと大変な人は山ほどいるし、まだ若いんだからなんとかなる』の意見が大多数を占めていて、心底嫌な気分になる。苦しんでいるのは他でもない私なのに。


 ……でもこんなことを言っても仕方ないのは分かってる。結局のところ行動するしか道は無いし、こんなことをし続けても道が拓ける可能性なんてないことなんて分かってる。それでも自傷に甘えてしまうのは私がただ弱いだけ。


 思考が堂々巡りして、結局負の方向に着地して、このままじゃダメだと思っても、今の自分が出来ることの範囲内では限りがあるし、モチベーションがあったとしてもどこか諦観して本気になれない自分がいて、結局そこで甘えて折れてしまう。この繰り返しを続けてきた。


 ずっとずっと苦しかった。でもそれも今日で終わり。本当の本当に。

 ここまで生かしてくれたお母さんには申し訳ないことをしちゃったな……。

 目の前に横たわった男を見下ろして、私の視界が、思考がゆっくりと黒に染まっていく。

 遠くに聞こえるパトカーと救急車のサイレンが私の頭に響いていた。そして私は意を決し、引き金を引いた。

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