表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/28

6 親友

 詩音との約束の日、蓮は少し緊張しながら病院へと向かった。

 エレベーターに乗って行先を確認していたら、横から伸びてきた手が先に最上階のボタンを押した。派手に飾られた爪に明るい髪色をした制服の少女は、蓮が普段関わることのないタイプだ。

 不躾な視線を感じ取ったのか、少女がにらむように見つめてくるから、蓮は慌てて前を向いた。

 微妙に気まずい空気の中、エレベーターが到着すると少女は軽やかな足取りで先に降りていく。彼女も蓮と同じく特別病棟に向かっているようだ。


 面会者名簿を記入する少女のうしろで順番を待ちながらなんとなく派手な爪を見つめていると、少女の持ったペンが詩音の名前を記入していることに気づく。

 どうやら彼女も、詩音をたずねてきたらしい。どちらかというと清楚なイメージの詩音と、派手な外見をした目の前の少女とではあまり共通点は無さそうだが、余計な詮索は失礼だなと蓮は浮かんだ疑問を振り払うように小さく首を振った。

  

「あら、雛子(ひなこ)ちゃん。詩音ちゃんのお見舞い?」

 記入を終えた少女に明るい声で声をかけたのは、蓮も先日会った看護師の山科だった。 

「山科さん、こんにちはー。詩音の担任から、手紙預かってきたからさ、一応持ってきた。詩音、どう?」

 明るい口調で話す雛子だけど、最後の問いは微かに震えていることに気づいて蓮は思わず顔を上げた。

「大丈夫。さっき、雛子ちゃんから借りてる本を読んでたもの。次に会う時に感想伝えるんだって言ってたわ」

 山科が安心させるようにうなずいて笑うのを見て、雛子の肩から力が抜けたのが分かる。きっと彼女も、詩音の病気を知っているのだろう。

 蓮のことは、覚えているのだろうか。ここにきて、急に不安が襲ってくる。

 

 詩音が言っていたように、忘れられている可能性もあると何度も考えた。相馬医師に言われたように、もう会わない方がいいのかもしれないと考えたことも。

 だけどやっぱり蓮は、詩音にもう一度会いたいと思ったのだ。もっと彼女のことを知りたいし、もっと色々なことを話したい。

 たとえ彼女が忘れていたとしても、きらきらした音だと褒めてくれた蓮のピアノを聴けば、思い出してくれるかもしれないとすら思っていた。

 それがとんだ思い上がりであることに気づくのは、随分とあとになってからだったのだけど。

 


「あら? きみはこの前の……えぇと、蓮くん!」

 雛子と話していた山科が、ふと蓮の方を見る。山科と雛子、二人に見つめられて蓮は一瞬たじろぐものの、ぺこりと小さく頭を下げた。

「詩音ちゃん、朝からずっとそわそわして待ってたわよ。きっと喜ぶわ」

 早く行ってあげて、と笑顔で言い残して山科は去って行ったので、その場には蓮と雛子が残される。

「えーっと、あの、」

「あんたが蓮?」

 何となく気まずい思いで口を開けば、かぶせるように雛子が言う。

「あ、うん。佐倉蓮です」

高瀬(たかせ)雛子。ヒナって呼んで」

 差し出された手を蓮は一瞬ぽかんと見つめたあと、握手を求められていることに気づいて慌てて握り返した。

 何度かぶんぶんと握った手を上下に振ったあと、雛子は蓮の手をまじまじと見つめた。

「ふぅん、この手がきらきらした音を作り出すんだ。ね、ヒナも一緒に聴いていいよね?」

「も、もちろん」

 断られるなんて思ってもいないような表情で見上げられて、蓮はこくこくとうなずく。どうやら雛子は、詩音から蓮のことを聞いているようだ。

 自分の知らないところで話題にされていたことと、きらきらした音だと言われたことに少しくすぐったい気持ちが湧き上がる。


「詩音が新しい友達を紹介してくれるなんて、初めてなんだ」

 病室に向かいながら、雛子がぽつりとつぶやく。

「ちょっと妬ける。ヒナはね、詩音とは幼稚園からずっと一緒なの。親友なの。それを、ぽっと出のあんたに並ばれるなんて」

「でも俺、詩音ちゃんの友達……って言っていいのかな。ちゃんと会うの、今日で二回目なんだけど」

 蓮の言葉に雛子はぴくりと身体を震わせ、次の瞬間、震え上がるほどの低い声が響いた。

「はぁ? 当たり前でしょ。あんたが詩音のこと友達じゃないって言うんなら、今すぐ帰って」

「え? いやあの、俺はそんなことないと思ってるけど、詩音ちゃんは俺のこと友達って思ってくれてるのかなってなんか不安になって。ほら俺、そんな明るいタイプでもないし、人付き合いも得意じゃないから」

 にらみつける雛子の視線に怯えつつ、必死で言い訳するように言葉を重ねると、雛子はぷいと横を向いた。

「下心あるんなら、それはそれで嫌なんだけど」

「や、それはない……っ」

 詩音ともう少し仲良くなれたらという気持ちがないと言えば嘘になるけれど、それを隠して首を振ると、雛子の目がまた鋭くなった。

「何、詩音に興味ないわけ?」

「そんなこと、」

「じゃあやっぱり下心あるんじゃん」

「うぅ」

 どう答えるのが正解か分からなくて、思わず唸った蓮を見て、雛子がふきだした。どうやら揶揄われていたらしい。

「ま、いいや。詩音が誰かと約束するなんて滅多にないから止めはしないけど。でも、詩音の前で変なこと言ったら、即追い出すからね」

「わ、分かった」

 蓮は慌てて、何度もうなずいた。どうやら詩音と仲良くなるには、雛子に認められるところから始めないといけないようだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ