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23 眠りたくない

 三人は、いつものようにピアノのある部屋へと向かう。

 見た目だけなら何も変わらないのに、交わす会話はどこかよそよそしい。 

 それでも詩音と雛子は、時折笑顔を浮かべて何かを話しながら蓮のピアノを聴いている。

 

「明日弾くのは、その曲?」

 詩音の問いに、蓮はうなずいた。ミスなく弾くことはできるけれど、結局理想の音は完全に掴めないまま本番を迎えることになりそうだ。

 凛とした、それでいてきらきらと輝くような、遥か遠くまで響くような音。あと少しで手が届きそうなその音にたどり着くのは、きっと明日だという気がする。

「詩音ちゃんのために弾くって約束したもんな」

「えへへ、嬉しいな。蓮くんのピアノをひとりじめだよ。すごい幸せ」

 詩音は、嬉しそうに頬を染めて微笑む。

「明日は、あたしと悠太くんも一緒に行くからね」

「うん、ありがとう、ひなちゃん。だけど私、明日にはまた全部忘れちゃってると思うから……ごめんね」

 眉を下げる詩音に、雛子は首を振って笑う。

「大丈夫。何度だって説明してあげるから。あたしと詩音は親友なんだって」

 力強いその宣言に、詩音は涙を堪えるように小さくうなずいた。



 日暮れが近づくにつれて、詩音はそわそわと落ち着きをなくし始めた。彼女が何を気にしているのか分からず、蓮は首をかしげる。

「詩音ちゃん、何かあった?」

 蓮の言葉に、詩音は唇を噛んでうつむく。

「怖いの。眠ったらきっと、次は蓮くんのことも忘れちゃう。せめて明日のコンクールまでは、覚えていたかったのに」

 握りしめた手は震えている。そんな詩音の手を、雛子が包み込んだ。

「じゃあ、起きてよう。あたし付き合うからさ、明日の蓮の本番まで、ずっと寝ずに起きてようよ」

「ひなちゃん……」

「蓮の出番は4番目でしょう。10時開始だから、10時半くらいかな? 苦いコーヒー買ってきてさ、めちゃくちゃ辛いミント食べて、あたしと詩音の思い出をいっぱい語ろう」

 十年以上の思い出は、一晩じゃ語り尽くせないけどと雛子が笑う。

 滲んだ涙を拭ってこくりとうなずいた詩音に、雛子もうなずいた。

「蓮は、早く帰ってゆっくり休みなね。明日は本番なんだから。詩音のために、最高に素敵な音で弾いてくれるんでしょ?」

「う、うん。頑張る」

 蓮も一緒に夜を過ごすことがよぎったものの、さすがに泊まり込みは色々と問題があるだろう。詩音のために弾くと宣言した手前、コンディションを整えることも大事だ。

「蓮くん。私、ちゃんと覚えておくから。絶対に寝ない」

 決意を込めた黒い瞳が、まっすぐに蓮を見上げる。

 約束、と差し出された指に、蓮はしっかりと自身の小指を絡めた。


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