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20 そして、また

 病院に戻った二人を一番に迎えてくれたのは雛子だった。

「ごめんね、ヒナ。心配かけてごめん」

 まっすぐに駆け寄ってきて詩音を抱きしめた雛子の身体は震えていて、押し殺した嗚咽が響く。

 金居や山科、そして母親の千尋も、遠くから安堵したような表情で見守っているのが見えたから、蓮は小さく会釈した。

 

「悠太くんも、あたしも、あちこち探し回ったんだからね」

 涙声で、それでも怒ったような口調で言う雛子に、詩音は神妙な表情でうつむいた。

「うん、ごめん。悠太にもあとで謝らなきゃね」

「きっと怒られるよ。悠太くんも、すごく心配してたもん」

「うん、覚悟しとく」

 小さくうなずいた詩音をもう一度抱きしめて、雛子は涙を拭ってようやく少しだけ笑みを見せた。

 


 念のための診察を終えて、詩音は少し疲れた様子で部屋に戻ってきた。

「詩音、ご飯まだだよね。もらってこようか」

「ん……、それよりちょっと寝たい、かも。なんかすごく眠くて」

 ソファから立ち上がりかけた雛子に、詩音は欠伸をしながら首を振る。

「そっか、ちょっと疲れたのかもね。いいよ、ゆっくり休みな」

 詩音が眠るのなら、邪魔しても悪いからと立ち上がった蓮を見て、詩音は縋るような眼差しを向ける。 

「お願い、蓮くんもヒナも、まだここにいてくれる? 起きた時に誰もいないのが、怖いの」

「いいけど……」

 そろそろ面会時間も終わるはずだ。うなずきつつも戸惑った声を出した蓮をさえぎって、雛子が前に出た。

「大丈夫。詩音が起きるまでずっとここにいるから」

 安心させるようにそう言って、雛子が詩音をベッドへと誘導する。

「そばにいてね」

 不安気につぶやきながら蓮と雛子の顔を確認して、詩音は目を閉じた。そのまますうっと眠りに落ちるのを見て、やはり随分と疲れていたのだろうと思う。


 穏やかな寝息が響くのを確認して、蓮と雛子はなんとなく身体の力を抜いた。

 音をたてないように気をつけながらソファへと移動し、二人向かい合って座る。

「今、詩音を一人にしたらだめだと思う。すごく思い詰めてるみたいだし」 

 うつむきながら、雛子が小さな声でつぶやく。抑えた声なのは、詩音を起こさないようにと気遣ってのことなのだろう。

 雛子の言葉に蓮もうなずいて、歩道橋でのことを軽く説明する。ある程度予想はしていたのか雛子の表情に驚きはなく、沈痛なため息を落としただけだった。

「ありがとね、蓮。このまま詩音が見つからなかったらどうしようかと思った」

 囁くように言われ、蓮は黙って首を振った。

「俺たちには、何もできないのが歯痒いな。詩音ちゃんの辛さだって、きっと本当に理解することはできてないんだろうなって」

「それでも、詩音は蓮がそばにいてくれたら安心するんだよ。蓮の存在が、蓮のピアノが、詩音の支えになってるんだよ」

「うん」

 小さくうなずいて、蓮はベッドで眠る詩音の方へ視線を向けた。窓から射し込んだ月明かりが、穏やかな寝顔を白く照らしている。


 その時、軽いノックの音と共に相馬が顔を出した。詩音の捜索のあと、やり残した仕事を片付けてきたらしい。

「詩音、今寝てるの」

 静かに、と唇に指先を当てて、雛子が相馬を迎え入れた。以前よりも雛子と相馬の距離感が近いような気がして、蓮は内心でもしかして、と少しだけ心が躍る。目覚めた詩音も、二人の関係の変化に気づくだろうか。

 そんな蓮の思いに気づいたのか、それとも多少騒がしかったからか、詩音が小さくうめいて目蓋を震わせた。

 三人は慌てて口を抑えるものの、詩音はゆっくりと目を開けた。

「ごめん、起こしちゃった?」

 雛子がベッドサイドに駆け寄ると、詩音は身体を起こしながら笑顔を浮かべる。

「ううん、大丈夫。少し寝たらすごくスッキリしたぁ。蓮くんも、遅くまでごめんね」

 笑いかけられて、蓮は大丈夫だという気持ちを込めて首を振った。

「ちょっとお腹空いてきちゃったな。売店に何か買いに行こうかなぁ」

 ベッドから下りてうんと伸びをした詩音は、雛子のうしろに立つ相馬を見て怪訝な表情を浮かべた。

「え、と……。ヒナ、うしろの人は……、誰?」


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