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13 デート

 詩音と外出する約束の日、蓮はいつもより緊張して病院へと向かった。病室で詩音と過ごす時間だって楽しいけれど、お出かけとなるとなんだかデートみたいで浮かれてしまう。

 だけど、今日彼女が蓮の記憶を失っている可能性だってもちろんある。あまり浮かれすぎるなと言い聞かせ、はやる心を抑えるように胸を押さえながら病室のドアを叩くと、返事より先にドアが開いた。

「ふふ、やっぱり! ノックの音で蓮くんって分かるようになっちゃった」

 ニコニコと満面の笑みを浮かべた詩音に出迎えられて、蓮は強張っていた身体に気づかれないように笑顔を浮かべる。

「ノックの音って、そんなに違う?」

「うん。ヒナはね、いつも3回ノックなの。金居先生はノックと同時にドア開けるから分かりやすいし、蓮くんはピアノと同じで優しい音がするよ」

「そうなんだ。覚えてもらえてて嬉しいな」

「愛だね、愛!」

 くすくすと笑った詩音の言葉にどきりとしながら、それに気づかれないよう何気ない表情を装って蓮はうなずく。

「準備、できてる?」

「もちろん! 朝からもうずっと時計ばっかり見てたよ。すっごい楽しみにしてたの」

 そう言って笑う詩音は、蓮の前でワンピースの裾を広げてみせた。青いギンガムチェックのワンピースは、いつもより詩音を大人びて見せるように思う。

「せっかくのデートだからさ、お気に入りのワンピにしたんだ」

 どう? と軽く首をかしげる仕草が可愛くて、デートという言葉に動揺して、蓮は緩みそうになる口元を隠すように手で押さえた。それでも、赤くなった頬は隠しきれていないだろうけど。

「う、うん。似合うと思う」

「ありがと! お出かけなんて久しぶりだから張り切っちゃった」

 ご機嫌に笑った詩音は、早く行こうとそわそわとした様子で蓮の腕を引く。少し冷たい、細く柔らかな指の感触にどきりとしながら、蓮は詩音と共に病室を出た。



 コーヒーショップで限定ドリンクを飲み、ついでだからとスイーツも頼む。

 詩音はドリンクが美味しいと笑い、スイーツの見た目が可愛いと華やいだ声をあげ、終始ご機嫌だ。

「カメラ、持ってきたら良かったなぁ」

 隣の席でドリンクの写真を撮る女子高生らしき二人組を見ながら、詩音がつぶやく。連絡を取り合う相手もいないし、いつ記憶を失くすか分からない状態で持つ意味はないと、詩音は携帯電話を持っていない。

「せっかくの思い出、忘れないように写真に残して手帳に貼っておきたかったなぁ。うっかりしてた」

 残念そうな詩音を見て、蓮は自分の携帯電話を差し出した。

「俺ので良かったら、使う? あとでプリントアウトしたら手帳にも貼れるだろ」

「わ、いいの? じゃあ、貸してもらおうかな」

 嬉しそうに笑った詩音は、数枚写真を撮ると満足したようにうなずいた。そして、何故か少し言い淀むように躊躇ったあと、蓮を見上げて小さく首をかしげた。

「ねぇ、蓮くんとも一緒に写真撮りたいな」

「え……?」

「今日の記念に。すっごく楽しかったからさ、忘れたくないなって」

 だめ? と上目遣いで見つめられて、断れるはずがない。バクバクと跳ね始めた心臓に動揺しながら、蓮はうなずいた。

「やったぁ! じゃ、そっち行くね」

 嬉しそうに笑った詩音は立ち上がると蓮の隣にすとんと腰を下ろした。狭いソファなので密着することになり、触れ合う腕に鼓動がますます速くなる。

「蓮くん、カメラ見て! 笑ってー!」

「わ、笑ってる……っ」

「だめ、顔が強張ってる! もう一枚!」

 楽しそうな詩音とは反対に、意識すればするほど顔が強張る蓮は、必死に口角を上げようと努力するものの上手くいかない。笑顔どころかものすごい変な顔になっていそうだ。

「やっぱり表情が硬いなぁ」

 撮った写真を確認して、詩音は唇を尖らせた。笑顔と言われるたびに引き攣りそうになる頬をマッサージするように揉みながら、蓮は申し訳ない気持ちで眉を下げる。

 考え込むように少し首をかしげた詩音は、ふと顔を上げて蓮を見ると、にやりと笑った。

「詩音ちゃん? ……って待っ……、やめ……っ!」

 何事かと目を瞬いた蓮の脇腹を、詩音の指先がくすぐる。止めようとした言葉は悲鳴のような笑い声となって消え、蓮は身体をよじって悪戯な指から逃げた。

「はい、蓮くんカメラ見て! いくよー!」

 詩音の声に思わずカメラの方を見ると、同時にシャッター音が響いた。

「うん、いい感じじゃない?」

 満足そうにうなずいた詩音が、ほらと言って画面を見せてくれる。小さな画面の中の二人は笑顔を浮かべていて、これがくすぐられた末の表情だとは思えないほどに楽しそうだ。

 幸せなカップルに見えるかな、と内心で浮かれながら、蓮はこの写真を待ち受けにしようと密かに決めた。

 

 どうせなら店の中じゃなくて、もっと景色のいい場所で撮れば良かったねと笑いながら、詩音はプリントアウトした写真を大切そうに抱きしめた。

 強張った顔の蓮が面白いから、と失敗した写真までプリントアウトしてきたのは少し恥ずかしいけれど、詩音の手帳に蓮の写真が貼られるのはくすぐったくて嬉しい。

 

「私、今日のことはきっと忘れないよ」

 噛みしめるようにつぶやいた詩音の言葉に、蓮は黙ってうなずく。

 いつか詩音が蓮のことを忘れる日が来ることは分かっているけれど、この思い出も消えてしまうことを知っているけれど、それでも忘れないと思ってくれる詩音の気持ちが嬉しい。

「手帳に書いておくの。日記みたいに。そうしたら、きっと……きっと忘れない」

 少し震えた語尾に気づいた蓮は、思わず詩音の手を握った。驚いたように顔を上げた彼女に笑いかけ、通りの向こうにある花屋を指差す。

「お花、買いに行こう」

「うん、そうだね。一緒に選んでね、蓮くん」

 もちろんとうなずいて、二人は花屋に向かって歩き出した。

 繋いだ手は、ずっとそのままだった。 


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