ガニメデ初探査
※この話はフィクションです。実際の人物や団体などとは一切関係ありません。
タイトル通り、ガニメデ衛星上の初探査です。テンポよく進めていきます。
船内時間……もう基地時間と呼ぶべきか、8時頃に皆が目を覚ました。
今日は初のガニメデ上探査の日だ。立花里香は先んじて、藻の観察と採取を行っていたが、車のようなローバーで探査するのは今日が初である。
里香はまず、昨日採取した氷が溶けたものを〈トムソン号〉に設置されている、成分検査機にセットした。
「これでよし、と。帰ってくる頃には結果が出てるわね。」
衛星上の探査は3人で行う。基地に残る人材も必要だからだ。
話し合いと地球からの指示の結果、探査に出るのは到着時に先遣隊として降り立った、パイロットのジョージ・エヴァンス、生物化学者の立花里香、医師のアルベルト・ホフマンに決まった。
「今日はどこまで探索できるかしらね。」
「探索という名の寄り道をしながらだからな。そんなに遠くまではいけないだろうさ。」
「謎の穴があるところまではいけるといいねぇ。ほとんどの穴はこの辺りの真裏にあるから、期待はしないでおこう。」
「僕はみんなが何事もなく帰ってくるのが、1番だと思うよ。」
「私は価値のある探査を期待しています。何でもいいので、何かしらが発見できればいいかと。」
探査員に決まった3人は、手早く支度をし、宇宙服を着ると、ローバーに乗り込み発進した。探査用ローバーは、安全と探査のため、時速20km程しか速度が出ない。ジョージは、更に安全に進めるために、時速10km程度で走行した。
「一面茶色い氷の大地。基地の近くには、何かあるとは思えないわね。」
「そうだねぇ。1番安全であろう場所を選んだわけだし。もう少し先に行ったら何かあるかも?あの山になっているあたりとか。」
「今日はあんなところまではいけないぞ?わかっているよな?」
「もちろんだとも。3年あるんだ。安全第一でのんびりいこう。」
周囲を警戒しつつ、1時間ほどのんびりと走った頃。ジョージが前方を見つめてこう発した。
「あれは……もしかして、穴があるんじゃないか?」
「本当かい?!望み薄だと思っていたけど、こんなに早く見つかるなんて。」
「何も当てがなく走ってたわけじゃないからな。昨日見た、触手の集合体がいた方角に向かってたんだ。もしかしたら、アイツが出てきた穴かもしれねぇぞ。」
「じゃあやっぱりアレは、この氷の大地の下から来てたのね。まあそれしかないとは思っていたけど。気をつけていきましょう。」
更に数分、周囲を警戒しながら、穴に向かってローバーを走らせた。歩いて辿り着けるほど近くに着いた頃、ジョージはローバーを停車させた。
「ここからは歩きだな。周囲にある貴重な資料を潰してしまうかもしれん。」
「そうだねぇ。早速向かおうか!気になって仕方ないよ。」
「行きましょう!酸素の補充は済んでいるし、道具も持ったわ。」
3人はふわふわと飛び跳ねながら、穴の元に向かった。今更だが、こう移動する方が、重力の弱い天体では体力を消耗しないのである。穴の大きさは直径1mほどだった。
「均一に丸いわけじゃないねぇ。ちょっと縁がうねっているように見える。」
「周囲に氷のかけらのようなものが残っているわ。でも気圧が低いから、溶けるのではなく昇華していっているようね。」
「うーん……こっちの方角……基地のある方角だな。少し水の跡があるように見えないか?」
「確かに。あの生物が付けた後だろうねぇ。ちょっと割って、成分検査機にかけようか。」
「この下には海があるはずだけれど、流石に150km先の水面は見えないわね。まあ当然ではあるけれど。」
「穴に何か落として音で判別してもいいけど、重力が違うから、それだけじゃわからないだろうねぇ。」
3人は来た時と同じように、ふわふわと飛び跳ねながらローバーに戻ると、アルベルトは基地に探査結果を報告した。
『ここまで早く穴が見つかるとは。きっと運が向いてきているのですね。報告ありがとうございます。そのまま地球に通信を入れます。』
「周りに散らばってた氷のかけらと、水の跡がある部分の氷を採取したよ。簡易成分検査機にかけてもいいけど、どうせ溶けないと検査できないし、基地に帰ってから〈トムソン号〉の検査機にかけた方がいいかい?」
『それは私では判断できませんね。地球に判断を委ねます。一緒に通信に入れておくので、少々お待ちください。』
「どうせ自然に溶けるまでは何もできないさ。ゆっくり待つよ。」
通信を入れながら、ジョージはローバーを発車させた。折り返してもいいほどの距離を進んでいたので、ローバーを密閉し、ヘルメットだけを脱いだ状態で宇宙食を食べると、ジョージは来た道を引き返しはじめた。
「本当に探査するなら、来た時とは別のルートを通った方がいいんだろうけどな。今日は安全第一だ。」
「そうだねぇ。今日来れるギリギリまで来たんだろう?それなら仕方ないさ。帰り道を見失っては死活問題だよ。」
「道中で虫のようなものは見かけたけれど、速すぎて捕まえられそうになかったわね。」
「どこかに止まってくれれば、罠にでもかけられそうだけどねぇ……このローバーの後ろに大きな網をかけてみるかい?」
「それに賭けるしかねぇかもな。そんな小学生が使ってそうな虫取り網じゃ、無理があるだろ。」
「かけるだけにね。ジャパニーズ・ダジャレかい?」
「きっと役には立つわよ……いつか……」
宇宙船に備品を入れる際、虫取り網も必要だという意見を出した、立花里香は、耳を赤くさせながらそう言った。こんな小さく普通の虫取り網が選ばれるとは思わなかったのだ。野外調査で使われるような、目の細かく、大きな虫取り網は、宇宙船の容量との兼ね合いで、裏で却下されていた。
「最初から本格的な虫取り網を入れてくれたらよかったのに……」
里香は少し拗ねたような顔をしながらそう呟いた。
「でもよく考えてみて?虫がいる!って気付いて、宇宙服の密閉を確認して、窓を開けて、虫取り網を窓から出すんだろう?あの虫の速度では、もう遠くにいっちゃってるだろうねぇ。」
「まあ……それもそうかもしれないわね……ローバーの後ろに、大きな網をかけて、入ったら出られないような設計を考える方が建設的ね……」
里香は釈然としない気がしながらも、そう言った。