ガニメデフジツボの解剖
※この話はフィクションです。実際の人物や団体などとは一切関係ありません。
立花里香とアルベルト・ホフマンは、『そろそろいなくなってもいいよ〜』と言っていたガニメデフジツボを、ガニメデの海水を入れた小さな水槽に入れた。
ガニメデフジツボは、10cmほどであるが、完全にガニルミナイトに擬態したような見た目をしていて、歪な六角形でゴツゴツしている。
赤色に着色した海水を、ガニメデフジツボの近くに少量滴下した。
接着するガニルミナイトがないので、ガニメデフジツボは動き回っており、2本のスリットから赤色の水を吸い込んで、別の2個の小さなスリットから噴出した。ガニメデフジツボは、海水を吸い込んで噴出することで動くことができるようだ。スリットは後2本ほどあるようだが、これらはどう使われているのだろうか。
動き回っているので、ガニルミナイトにくっついていた面も観察できた。赤橙色のおそらく光合成細胞であろうものがあり、それをゲル状のもので覆っているようだ。
本格的に解剖に移ろう。
まずは生殖器官が出てきていた、ガニルミナイト様の殻の境目を見極め、慎重に開く。水槽でも見た、生殖用の半透明の触手が2本見えた。触手の根元は筋束と弁輪があり、これで触手の動きや卵子精子のやりとりをしているのだろう。触手を根本から1本切り、顕微鏡観察に回すと、ガニメデフジツボは両性具有であり、触手で卵子と精子を双方向にやり取りしているのであろうことがわかった。
生殖器官の触手を退けると、半ドーム型の小室があった。半ドーム型の小室の中は、少し濁っていて見辛い。琥珀色の袋……液胞だろうか?それが小室をぐるっと囲んでいて、所々で半ドーム型の小室に管が繋がっている。
濁っていて見辛いということは、この半ドーム型の小室の中には、卵子と精子が含まれているということではないのだろうか。新たな生物が生育されていく過程も観察できる可能性がある。この部分のこれ以上の解剖はやめておくことにした。
ガニルミナイト様の殻を開いていた力を抜くと、10cmほどの元の形に戻った。生殖器官は1つなくなっても問題ないのだろうか?ガニメデフジツボを小さな水槽に戻すと、多少ふらつきながらも遊泳した。
次はガニルミナイトに接着していた部分の観察だ。里香もアルベルトも、多少予想はついている。
赤橙色のものはゲル状の組織に守られていて、生活様式を考えても、赤橙色の細胞は光合成細胞で間違いないだろう。赤橙色の細胞の手前にあるゲル状のものを、遊泳しているガニメデフジツボから吸引管で採取する。里香がガニメデフジツボにその場で留まっているように伝えたので、簡単に採取することができた。その後、小さな水槽に小さなガニルミナイトを入れると、ガニメデフジツボはそれなりに素早くガニルミナイトに近付き、張り付いた。里香は接着状態のゲル状の組織を、小さなヘラで削り取った。強固に固まっているのだろう。採取にはとても苦労した。
接着前のゲルと接着後のゲルを顕微鏡で調べると、接着前のゲルは、半透明で水分含量が多く、高分子多糖類などの親水性物質が主体だった。
接着後のゲルは、タンパク質やペプチドがあり、それが金属イオンや多糖類と架橋反応を起こすことで、ゲルが硬化したようだ。イオン濃度も高くなっており、それもゲルが固まる手助けになっているようだ。
「これでガニメデフジツボたちが産卵するところまで見られたらいいんだけどねぇ……」
「シノノメに聞いてみる?あ、それより、リーフメデ達にも聞いてみようかしら。」
「じゃあ俺はシノノメに聞いてみるよぉ。」
里香はたくさんのガニメデフジツボと2匹のリーフメデが入っている水槽に向かった。
「あなた達の産卵の様子をなんとしてでも観察研究したいのだけれど、いつ産卵するかってわかる?」
『おっきくなったら〜』『たまごがおおきくなったらいつでもいいよ〜』『それじゃわからないと思うなぁ。このガニメデフジツボ達は、少しくらい経ったら、産卵できる様になるよ。繧ャ繝九い繝ウが決めてるルールで言うと……1日半とか……そこらへん……?』
「が決めてるルール、の前のところは、おそらく私達で言うガニアンね。これからはそう言ってくれると助かるわ……って、意外と早いのね?!いや、落ち着くのよ里香、この星の生物の時間の感覚と私たちの時間の感覚が同じだと思うのは早計。地球の時間の感覚を教えてもいいけど……アルベルトはどうしてるかしら?」
アルベルトは保温タンブラーに入った紅茶を飲みながら、端末に音声入力をしてシノノメと会話していた。
「この間採取した、ガニルミナイトにいっぱいくっついてた生き物、ガニメデフジツボが、生殖活動をしたみたいなんだ。色々と驚きの連続だったんだけど、それはまあ置いておいて、ガニメデフジツボ達って環境の変化があると、いっせいに卵を産むんだねぇ。それで、2〜3時間ぐらい前にガニメデフジツボ達は生殖活動を行ったみたいなんだけど、いつ卵を産むと思う?」
『我はその分野には詳しくない故、専門のものに聞く。しばし待て。』
アルベルトは紅茶を一口飲む。
『聞いたところによると、1.4日で産卵するようだ。つまり……君たちの時間に直すと……』
「紅茶で一服している間に、有識者に聞けるっていい環境だねぇ。その1.4日はガニアン暦だろう?だから地球暦に直すと10日だね!ありがとう!シノノメ、助かったよ。」
「どれぐらいで産卵するか、わかったみたいね。10日後は必見ね……!!」
里香とアルベルトはハイタッチをした。




