ガニルミナイト・リーフメデの研究
※この話はフィクションです。実際の人物や団体などとは一切関係ありません。
ペーパーメデ、ガニルミナイト、リーフメデ、ガニメデフジツボ、レンズメデを新しく採取した探査の翌日。立花里香とアルベルト・ホフマンは生物たちを研究する日だ。
今まで採取した生物たちは、まだ餌を与えて2日しか経っていないし変わりない。シノノメの話だと、1週間程度は問題ないとのことであったし、2人は今までの魚のことは気にせず、新しい魚と鉱物の研究を始めた。
まずはガニルミナイトの研究だ。里香もアルベルトも専門ではないため、2人で一緒に研究することにした。
3Dプリンターで作成したポータブルマイクロ圧入器で、ガニルミナイトに力を加えてみる。この装置は、土台の上に硬い針がついており、ネジを回すと針が下がり、圧力がかかるようになっている。圧力センサーと高倍率カメラが付属している。マイクロ圧入器の隣には、電波センサーも置いた。
小さな台座に固定したガニルミナイトは、研究室の光の中でぼんやりと緑青色の光を発している。アルベルトは、ゆっくりとネジを回した。
針先はゆっくりと沈んでゆき、ミシッと軽い音を立て、層が滑るように剥がれ落ちた。崩れる瞬間、一瞬だけほのかに光が強まった。圧力センサーには、崩壊時の圧力が記録された。電波センサーを見ていた里香は、結晶が崩れた瞬間、少し強い電波が記録されたのを認識した。
「層間結合が弱いのかな?層状結晶……ってことだろうか。確かそうだったよね?」
「そうね。この崩れ方は層状結晶でしょうね。私は電波センサーを見ていたのだけれど、崩壊の瞬間電波を発したわ。」
「不思議な鉱石だねぇ。このままX線散乱にも回そうか。内部構造をしっかり調べたい。」
「そうしましょう。じゃあ〈トムソン号〉に場所を移しましょうか。」
「いや、結果もすぐ出るし、セットしてデータを持ってくるよ。里香は魚たちの研究を進めていて欲しいな。もう待ちきれないんだろう?」
「バレちゃった?光合成をする生物なんだもの。ワクワクが止まらないわ!」
「ふふ、かわいい……」
「ん?何か言った?」
「いや、じゃあ行ってくるよぉ〜」
「行ってらっしゃい〜!」
研究室を出ていくアルベルトを見送り、里香は魚たちの研究を始めた。
リーフメデは群れを丸ごと捕まえたので、10匹いる。リーフメデの外見は、赤橙色で目はなく、口も小さい。背鰭が大きく発達しており、ヒイラギの葉のように少しギザギザしている。泳ぎ方は普通の魚と同じようだが、水面と平行に近い向きで泳いでいる個体が多かった。
『ひろいけどせまい』『わかる』『明るいけど変』『なんか変な感じ』『ちょっと暑いなぁ』
「えーっと……伝わるかしら。私は里香。人間よ。水温が少し高いのかしら。変な感じってどんな感じか詳しく教えてほしいんだけど、いいかな?」
『水温?高い?かも?』『ちょっとだけ暑い』『にんげん?』『変は変だよ〜』『身体中変。もぞもぞする。』『変な、光……だっけ?』『変だよね〜』
「身体中ってことは……光合成細胞のようなものが反応しているのかしら?光とも言っているし、電気を消してみましょう。」
『変じゃなくなった〜』『こうごうせいさいぼう?』『でもこれはこれで嫌な感じ』『いつもの感じじゃない〜』『でんき?』『変じゃないけど変』
「いつもの感じじゃない……ということは、ガニルミナイト?水槽の中に入れてみましょう。」
里香は先ほど砕いたガニルミナイトの片割れを水槽の中に入れた。暗闇の中でのガニルミナイトは、ホタルのように光っているが、5cmほどの大きさがあるので、かなりの明るさだ。水槽の中に入れると、ガニルミナイトの光で水槽の中が見えるようになった。
『変じゃなくなった!』『いつもの感じ〜』『これだよね』『よかった、戻った』『心地よい……』
リーフメデ達は鉱石の周りを周回するように泳いでいる。側面で鉱石の光を吸収しているようだ。
「なるほど、さっき水平に近い泳ぎ方をしていたのは、研究室の光が上から差していたからかもしれないわね。」
『光……そうそう、これが光』『繧ャ繝九Ν繝溘リ繧繝がないと生きられない』『けんきゅうしつって何?』
「あら?聞き取れるけどわからない部分があるわね……異星の生物だし、仕方ないのでしょうね。研究室はこの部屋のことよ。あなた達の水槽の外側のこの部屋のこと。」
『ここから外は研究室っていうんだ』『もしかして、繧ャ繝九Ν繝溘リ繧繝、わからない?この石のこと』『栄養、光、ないと生きられない。だからこの石ないと生きられない』
「この石は私たちはガニルミナイトって呼んでるわ。そう言ってくれると助かる。あんまりガラスにぶつかると怪我するわよ。痛くなっちゃうよ。私たちは水の中で生活できないから、ここには水がないの。その中で我慢してね。」
『ガニルミナイト、わかった』『しかたないなぁ』『もうちょっと涼しくしてくれるならいいよ』
「水温は下げたわ。あと少し経ったら水が循環しきると思うから、少しだけ待ってね。」
里香は水温を下げる操作をした後、悩んだ。これだけ個体がいるなら、本来解剖するべきだが、捉えどころのない返事をする植物より、意思の疎通がしっかり取れているのだ。会話が成立する相手を解剖できるほど、里香は残酷ではなかった。
いや、偏見かもしれない、という思考もよぎった。植物相手でもそうだが、これは自分が会話してると思い込んでいるだけで、偏見を持っているということと同じかもしれない。研究活動に必要な視点は、事実に基づいた、フラットな視点だ。正直に素直に物事を見る。そうしないと、偏見の裏側にある、真実が見えてこないのだ。
そうして里香が悩みながら、一応会話の記録を書いていると、アルベルトが戻ってきた。
「うわ、暗い!電気消したんだね。それと里香、これは未知の元素が含まれているみたいだ。面白いねぇ。元素はガニルミニウムと名付けたよ。」
アルベルトはそう言って里香の端末にデータを送信した。里香もリーフメデの観察結果と会話記録を送信する。
「電気はリーフメデのために消したの。リーフメデなんだけど、かなり会話が成立するのよ。10匹もいるんだから、本来解剖すべきなんだけど……どうしよう……」
「なるほどねぇ。俺は里香が植物と会話できるって聞いた時、なんで里香は採取や研究ができているんだろうって思ったけど、植物はそんなに会話が成立しないんだね?」
「そうなのよ。捉えどころがないというか、ふわふわした感じの会話になるの。会話記録を見てもらったらわかると思うけど、リーフメデ、結構理解力が高いわ。」
「なるほどねぇ……脳があるからかもしれないね。里香の植物と会話できるっていう能力は、おそらく光合成細胞が関係しているんだろうけど、会話能力は脳が関係しているわけだ。サーメデにも脳はあったし、ガニメデの魚も脳があるんじゃないかな。」
「確かにそうね。かといって、解剖ができるわけでもないけど……」
「俺がやろうか?」
「でも私も立ち会うでしょ?それに、リーフメデ達になんであの子は帰って来ないのかって聞かれたら、なんて答えればいいのかわからないわ。」
「そうだねぇ……いっそのこと、リーフメデに単刀直入に言ってみたらどうだい?」
「うーん……それしかないかしら。そうね……」
里香は気が進まないが、水槽の前に立った。
「あの……1人だけでいいから、解剖させてもらえないかしら?痛くはしないわ。」
『かいぼう?』『食べるの?』『痛いのは嫌だ』
「解剖っていうのは、食べないけど、うーん、あなた達にとっては食べられるのと一緒かもしれないわ。」
『食べる前に聞くなんて変なの〜』『必要なことならしかたない』『最近体の調子悪いから、僕がいくよ』
「えぇ、意外とあっさりしてるのね……わかったわ。ありがとう。他の子は死なせないように大事にするわね。」
『僕だよ〜間違えないでね』『死なせないように?おわったらそのときが来たというだけだよ』『ここは食べてくるのいないし、安全』
里香は水面近くに上がってきて主張しているリーフメデを網で捕まえた。
「この子が解剖してもいいって言ってるわ。」
「返答はわからなかったけど、自然界は弱肉強食なんだろうってことはわかったよぉ。じゃあ、解剖しようか。痛くしないって約束したから、活け締めしようか。脳はおそらくこの辺りだね。」
アルベルトは刃物を手に取ると、こめかみに迷いなく差した。リーフメデは動きを止め、小さな口をポカンと開けた。




