2140年 明後日の方向
※この話はフィクションです。実際の人物や団体などとは一切関係ありません。
回想回2回目です。明後日の方向に飛んで行った時の話。
2140年 5月
――1年前
〈トムソン号〉が地球周回軌道上から出発し、5年経ったある日。ルイス・エヴァンスがパイロット業務についていると、違和感を感じた。
「あれ……?なんか、機体が真っ直ぐ進まない……?」
〈トムソン号〉のエンジンは、小惑星探査機「はやぶさ」に使われた、マイクロ波放電型イオンエンジンを改良したものが、4機後方に設置してある。これは、推力は小さいが、少ない燃料で遠くの目的地まで到達できるエンジンである。
隕石などが接近してきた際に避けるための、姿勢制御用化学エンジンは、前方に4機搭載されている。化学エンジンは、イオンエンジンよりも大推力を瞬間的に得ることができる。
その後方のイオンエンジンのうち、左側にある1基が、どうやらおかしいようだ。どれだけ出力を上げても、操縦画面上では出力は上がるのだが、実際には上がっていないような動きをしている。
ルイスはそれを補う為、左側の出力は可能な限り大きくし、右側の出力を調整して、どうにか機体が真っ直ぐ進む出力を掴んだ。
だが、一定期間は斜めに進んでしまったのである。航路の再計算が必要なほど、道を外れてしまった。
「どうして……?」
「どうしたんだ、ルイス」
「あ、兄さん。もう交代の時間?ちょっとエンジンがおかしいんだ。左側だけ、どれだけ出力を大きくしても、実際には出力が上がっていないみたいで。」
「なんだって?それは本当か?それなら……疲れているところ悪いが、外から見てきてもらえるか。エンジンは切っておく。」
「そうするしかなさそうだね。とりあえず、今設定している出力量が、真っ直ぐ進める量だから、もし直らなかった時のために覚えておいて。」
「了解。覚えたから切るぞ。」
ルイスは、アルベルト・ホフマンに声をかけた。船外活動は危険な為、2人以上で行うことが規則である。
「なんかエンジンの調子がおかしいから、船外活動に行かなきゃいけないんだ。ついてきてくれる?」
「なんだって?それは大変だ。もちろん一緒に行くとも。」
ハッチから出て、〈トムソン号〉の窪みや手すりをつたって、エンジンまで辿り着いた。〈トムソン号〉は流線型で、できるだけ抵抗を少なくするような形をしている為、窪みや手すりなどが最低限しか設置されておらず、エンジンまで辿り着くだけで一苦労だ。
「うーん……見た感じ、どこも悪くなさそうだけど……」
「どんな風に調子が悪いんだい?」
「左側のこのエンジンだけ、出力を上げても、実際は上がっていないような挙動をしているんだ。」
「それなら、内線系かもしれないね。君たちパイロットは、メカニックでもあるだろう?その君が見てわからないなら、内部なんじゃないかい?」
「それか、今はエンジンを切っているから……それでわからないって可能性もなくはないかなぁ……でも、僕たちがここにいる状態でエンジンをつけると危ないから、流石の兄さんでもそんなことしてくれないだろうけど……」
「一旦船内に帰って、〈タロ〉と一緒に内線系を調べてみなよ。エンジンがついた状態の検査は、それからでも遅くないさ。」
「そうだね。あの……もしよければ、デヴィッドに航路の再計算について話しておいてくれない……?エンジンが直ってからの方がいいから、後ででいいけど、あの人のこと僕ちょっと苦手で……」
「もちろんいいよ。でも、エンジンが直ってからだね。了解!」
2人は船内に戻った。ルイスはメンテナンスロボの〈タロ〉を探し、一緒にメインエンジンの左側の近くの壁に向かった。
「〈タロ〉、この先にあるエンジンの調子がおかしいんだ。内線系かもしれないから、君と一緒に様子を見てみたいんだけど、いいかな?」
「わかりました。調べてみます。」
「エンジンをつけた方がわかるかな?」
「そうですね、今検査した限り、異常は特になさそうです。」
『兄さん、もう船内に戻ったから、エンジンをつけてみて。〈タロ〉と一緒に調べてみる。』
『了解。エンジンを作動させる。』
エンジンがついても、イオンエンジンは音などはしないので、しばらく待った。
「これは……内線系には異常はありませんが、電波による異常があるかもしれません。通信室の方から、妨害するような電波がきています。」
「え?通信室から?地球に送る電波って、通信室からじゃなくて、船外の電波発信機から送信されているはずだけど……」
「通信室のある方角からということなので、その延長線上や近くに電波発信機があるのではないですか?」
「まあ、確かに近くはあるかな。これ、結局僕がデヴィッドに話さなきゃいけないんじゃ……」
ルイスは嫌だなぁと思いながら、通信室のデヴィッドの元に向かった。
「あの……エンジンがトラブルを起こしててね。左側のエンジンが出力を上げても、実際は上がっていないみたいなんだ。それで〈タロ〉と一緒に調べてみたんだけど、通信室の方から妨害電波が発せられてるって言われて……」
「そうなんですか?地球に送る電波のせいでしょうか。一度止めてみますね。」
デヴィッドは眉根を寄せてそう言った。
『兄さん、〈タロ〉が言うには、電波障害みたいなものだったみたい。今のエンジンの調子はどう?』
『いきなり通常通りに戻ったからびっくりしたところだ。エンジンなんて常につけてるもんだから、地球と通信する度に止めるわけにもいかんぞ。』
『そうだよねぇ……というか、今までは問題なかったんだから、何で今更って話だよね。』
「多分これのせいかもしれません。」
デヴィッドはそう言って画面を指差した。その画面には、電波の波形が示されている。
「ほら、ここです……昨日と今日では、ちょっと波形が違うでしょう?地球からの要請で、送信方法を少し変えたんです。」
「それなら、従来通りに戻せば問題ないってこと?」
「そうですね。要請通りの方法の方が、少しだけ通信が早くなるのでそうしたのですが……異常が出たなら仕方ありません。元通りにするように、こちらから要請しておきます。」
「わかった。ありがとう。それと、しばらく斜めに航行したせいで、航路からズレちゃったんだ。航路の再計算もお願いしておいて。」
「それもそうですね。連絡しておきます。」
「アルベルト、電波障害みたいなものだったみたいで、デヴィッドに言ったらエンジンは直ったよ。航路の再計算も僕から言っておいた。」
「そっか!直ってよかったよかった。どれぐらい外れちゃったんだろうね?」
「地球との通信にもラグはあるし、再計算も今の場所を把握するところからだから、ちょっと時間がかかるかもね……」
『機体が航路を外れたため、地球に航路の再計算を要請しました。まだ正確なことはわかりませんが、ガニメデに着くまで、予定より1年程度余分にかかることになりそうです。』
「1年もかい?!」
「まあ、宇宙空間で道を外れたら、衛星の軌道のこともあるし、それぐらいかかってもおかしくはないかも……」
「大変なことになったね……ますます体調に気をつけなくちゃね!」