私の大好きな人との結婚の話
白い結婚とは正反対の話を書いてみました。
十五歳の時、三歳年上のフィレーシを父に紹介された。
「彼を好きになれるのなら婚約をしてもいいよ」
「好きになれなかったら婚約しなくてもいいのですか?」
「私が望むのはロウリーの幸せだからね」
父の優しい微笑みにほんのり心が温かくなった。
好きになれるかどうかは分からなかったけれど、フィレーシに誘われるがまま何度かデートを重ねた。
フィレーシの優しさを知り、大切に扱われていることが分かって、私からもデートに誘うようにもなった。
そんな彼に恋をして、紹介された日から一年の時間を掛け、フィレーシとも話し合って、互いの思いを確信して婚約を決意した。
政略ではない結婚に両親は「幸せになりなさい」と送り出してくれた。
心から愛した人と結婚し、初めての夜を過ごして、私の心と体は満たされていた。
隣で眠るフィレーシの顔を覗き込んでいたら、彼のまぶたが細かく震え、開いた目に私が映ることに幸せを噛み締める。
「おはようございます」
少し寝ぼけているのか、目をこすり、私のことをじっと見る。
「あぁ・・・、ロウリーか。おはよう」
少し甘えたくて体をフィレーシにすり寄る。
「ベタベタするのは止めてくれないか」
少し低い声で言われたことを頭の中で反芻する。
「ごめんなさい・・・」
フィレーシの目には今までのような温もりが感じられない気がした。
「ロウリーに言っておかなければならないことがある」
「はい。なんでしょう?」
フィレーシはベッドから起き上がり、ナイトローブを身にまとう。
私にもベッドから出る事を望まれたので、同じ様にナイトローブに袖を通し、ソファーに腰掛けた。
「私にはここ三年ほど付き合っている相手がいる」
「えっ?」
「君に望まれても、毎日ここに戻ってくることは不可能だ。君の責任で、子供は必ず作ってもらう」
何を言われたのか理解が追いつかない。
「えっと・・・?」
「この家をしっかり切り盛りして、私の子を産むことが君の仕事だ」
「しごと・・・?」
「今夜は帰らない。明日は帰るようにする」
理解の追いつかない私を一人残してフィレーシは部屋から出ていった。
えっ?彼は何を言ったの?
三年前って知り合った頃から付き合っているってこと?
結婚した翌日の夜、本当にフィレーシは帰ってこなかった。
執事のタナーにフィレーシの居場所は分かっているのか質問するとにっこりと微笑まれた。
「奥様はこの家で大切に扱われ、誰よりも大事にされます。可愛いお子を産むことを考えて下さい」
質問への回答ではないと思ったけれど、正しい回答なのかもしれないとも思って諦めた。
翌日の夜、帰ってきたフィレーシに問いかけた。
「私達の結婚は政略ではないと思っていたのですが?」
「貴族の結婚に政略以外あるわけがないだろう?」
「私は・・・フィレーシ様を愛していますよ・・・」
「そうか。だからなんだ?」
「私を愛そうとは思ってくださらないと言うことですか?」
「貴族の結婚なんだ。愛だのなんだの言っていないで君に求められていることをきちんとこなしなさい」
温度のない視線と容赦のない言葉に、フィレーシは婚約前に話し合ったことすらも貴族の義務であったのだと分かった。
私の中の何かが大きな音を立てて崩壊していくのを感じた。
ベッドに連れ込まれそうになって、抵抗すると「君の仕事のひとつだ」と言われて抵抗できなくなった。
「あなたがお付き合いされている方に子供が出来た場合はどうなるのでしょうか?」
「外で子供を作るつもりはない。万が一出来ても我が家の跡取りはお前が産んだ子供だ。くだらないことは考える必要ない。無事に子を産むことを考えろ」
そう、冷たくあしらわれてしまった。
妊娠が分かり、屋敷の中は喜びに満ち溢れていたけれど、私は不安で仕方なかった。
妊娠が分かってからフィレーシが私に触れることはなかったが、週の半分は必ず帰ってきた。
面倒なのでもう帰ってこなくてもいいのに・・・。
膨らんでいく自分のお腹を見下ろし、仕事で出来たこの子を愛せるのか、生まれるまで悩むことになってしまった。
膨らんだお腹がはち切れそうなほど大きくなった頃、フィレーシは付き合っていた人と別れたと私に言ってきた。
「だから何でしょう?」
首を傾げ、そう答えた私にフィレーシはただ私を見返した。
長い時間のひどい痛みと苦しみの中、フィレーシにそっくりな男の子が生まれ、この子のことは愛せないと分かった。
せめて私に似た子だったら愛せたかもしれないのに。
出産で苦しんだ私は後何回この苦しみを味わわなければならないのかと溜息が出る。
孫が出来た知らせを受けて領地で仕事をしていた義父母が孫の顔を見に、屋敷に来た。
長い滞在になるとタナーから聞かされ、私は項垂れてしまった。
義父母に男の子を産んだことを褒められ、フィレーシにも褒められたが「仕事を頑張りました」と答えておいた。
皆、首を傾げている。
子供にはハールークと名付けられ屋敷の皆に可愛がられているけれど、私には他人事にしか思えなかった。
フィレーシは子煩悩なところがあるのか、ハールークの所に毎日顔を出し、抱いてあやしているらしい。
「ロウリーはハールークをあまり構わないのね?」
出産後一度もハールークの所に顔を出していない私を訝しんで義母が聞いてきた。
「私の仕事は済みましたので、乳母たちが育てるでしょう」
訝しげな表情をした義母が私に問いかける。
「どういう事?」
「フィレーシ様に私の仕事は屋敷の切り盛りと子を産むことだけだと言われました。子を育てることは仕事に含まれていません」
私の返答を聞いて義母の顔はますます歪んでいく。
フィレーシが呼ばれ、義母が何か言っているが、私には関係ないことだから席を外そうと思った。
義父母との付き合いは仕事に含まれていないはずだし。
フィレーシがそんな私を引き止めた。
「どういうことだ?」
「どういう意味でしょうか?」
私は問われた意味が分からず首を傾げた。
「私はフィレーシ様に与えられた仕事をきちんとこなしております」
フィレーシが困惑した顔になる。
「フィレーシ様が子供を産むことは私の仕事だと言われました。ですが、育てることも、可愛がることも私の仕事には含まれておりません」
「自分が産んだ子が可愛くないのですかっ!?」
義母がヒステリックに叫ぶ。
「可愛いはずがないでしょう?」
「ロウリー・・・何を言っているんだ?」
フィレーシが戸惑った表情を浮かべる。
「仕事に愛は必要ありません。義務です。そう、そう、聞いておきたいことがありました。子供は後何人必要なのでしょうか?できればあんな苦しい思い、もうしたくないのですが・・・」
あの不快な行為をするのも嫌だし・・・。
苦しくて痛いばかりの出産も二度としたくない。
「ロウリー、自分の言っていることがおかしいと思わないのか?」
フィレーシが理解できないものを見る目で私を見る。
私もフィレーシが理解できない。
「私も早く愛する人を外に作りたいです。後何人子が必要ですか?」
「何を言っているの。あなたは!」
「結婚は政略なのですから、愛する人を外に作るのはあたり前のことなのでしょう?フィレーシ様もそのようにされていらっしゃいますし。週の半分、こちらに帰れば十分でしょう」
フィレーシが口を噤み、義母は怒り狂っている。
今まで黙っていた義父が私に質問してきた。
「フィレーシがしてきたことかな?」
「はい。ですので私も同じことをしてもいいはずです」
「男と女では違うではないかっ!」
フィレーシの怒声にも何も感じなかった。
「愛されたい、愛したいと思う心に男も女もないでしょう?」
こんな会話どうでもいいので後何人子供を作らなければならないのか早く教えてほしかった。
「ロウリーの言うとおりだね。フィレーシと別れるかい?」
「父上!!」
「よろしいのですか?政略結婚だそうなので、私の一存では決められないと思うのですが・・・」
「ロウリーの気持ちを教えてくれるかな?」
「可能であればフィレーシ様の顔も見たくありません」
「ロウリー!!」
「そう・・・ロウリーの父君と話をしてみるよ」
「そうですか、よろしくお願いいたします」
私を交えない話し合いが何度か行われ、フィレーシは私と別れる気はないと反対しているらしい。
一度フィレーシが私のもとにやって来た。
「ロウリーは私のことを愛しているのではないのか?」
「結婚したその翌日にそんな気持ちは壊れてしまいました」
感情的になるフィレーシは省かれ、私の父と義父の間で話し合われ、私の離婚はあっさりと決まった。
父と義父に「ハールークをどうしたい?」と聞かれたが、意味がわからなかった。
「ハールークを連れて帰るかい?」
「私の職務の結果なので私には必要ありません」
父と義父の痛ましい顔が私とハールークに向けられた。
一枚の書類に名前をサインして離婚が成立した。
ここまでが私の大好きな人との結婚の話。
Fin