第7話 ヒンデル老人
俺は不審に思っていた。この999番の記憶を手繰ってみても、鉱山以外のコトをあまりにも知らない。
「ああ、999番の事はウワサで聞いておるよ」
老人が言う。
俺が先日助けてあげた老人である。
今日は一緒に作業をしていた。
俺は硬い岩盤を掘り返す。
老人にその役割はきつく、彼は掘り返した石の中から使えそうなものを選んで、台車で運ぶ係だったのだが。
現在は俺の隣だ。
監視員が来たらツルハシで掘っているフリ。去って行ったら、俺に情報提供。岩盤を崩す作業は俺が二人分行ってるのだ。
「アンタ……アナタ様はスゴイな。
さすが産まれた時から、鉱山に居た男じゃ」
「アナタ様は止せよ。
年上の人間にそんな言い方されると落ち着かない。
……名前はなんて言うんだ?」
「ワシは324番じゃ」
「いや、番号じゃ無くて、ナマエだよ。
名前……無いのか?」
「名前?!
ここ以外での名前か。
そうか……999番は知らんのじゃな。
この鉱山に居る者は入る時にみな言われておるのじゃ」
俗世での名前は忘れろ。
今日からお前は〇〇〇番。
作業員〇〇〇番がこれからのお前の呼び名だ。
みんなそう言われているらしい。
「はー……
それでホントに自分の名前忘れちまったのか?」
「そんなワケは無かろう!
…………
ワシの俗世での名前はヒンデルじゃ。
おお……何年ぶりじゃろう。
この名前を名乗るのは……」
「……そうか。
シンデルか、爺さんにピッタリの名前だな」
「ヒンデルじゃ!」
ヒンデル老人に色々聞いてやっと分かった。
ここの鉱山はあまりにも労働環境が悪すぎると思っていた。
単純労働者とは言え、過酷な重労働なのだ。それがマトモに休みも与えられない。食事はパンとスープだけ。
こんなんで良く働く人間がいるな、と思っていたのだ。
ここにいる鉱山夫は全員、犯罪者らしい。
罪を犯して捕まった重罪人。それがここで強制労働させられている。
「ヒンデル爺さんも何かやらかしたのか?」
「ワシは…………
親が商売をやっていてな、それに失敗した。
借金をこさえて税金も払えんかった。
税金のカタとしてワシは連れて来られたんじゃ」
「すまん。
変な事を訊いて悪かった」
「いや、いい。
誰かにグチくらい言いたかったんじゃ。
親父のバカヤロー、とな。
まあ昔の話じゃ。
とっくに父親は死んでるじゃろう」
むう。
なかなか身につまされるハナシだ。
俺はこの世界の事を鉱山しか知らなかった。
この周辺はウルダと呼ばれる、北方の土地。この山はスリーブドナード、この周辺で最大の山らしい。現在はウルダ王を名乗る存在に牛耳られている。
西にコナータ国。
東にライヒーン国。
南にクー・マーマン国。
国と呼ばれるのはこの四国。
ウルダは強国として知られているそうだ。
山や谷が多く、険しい土地。人間が住むのには厳しい土地だが、鉱山から金属や魔石が取れる。
鋼鉄の武具で武装した兵。
貴重な品なので気軽に使えはしないが、イザとなれば魔石の力も借りる事が出来る。
ウルダ軍は最強を名乗っている。
そのライバルなのがコナータ。
老人も詳しくは知らないが、超自然的な魔法を使うそうだ。
六人の魔女がいる限り、ウルダも気軽に手は出せない。
東のライヒーンは肥沃な平野を抱え、最も人間の多い土地。
ウルダはここに侵攻している。
兵の強さで言えば、ウルダが上だが。
コナータとも睨み合っている。全力で侵攻も出来ない。
「フーン。
三つ巴ってヤツか。
にしてもヒンデル、良く知っているな」
「普通じゃ。
これ位なら、誰でも知っている」
「…………俺は知らないぞ」
何故だろう。
俺にはちゃんと鉱山で働いていた999番の記憶はある。
日本人出雲働の記憶と引き換えに、この世界の青年の記憶を失ったのかとも思ったが。
そんな事は無い。
子供の頃から鉱山にいた記憶がキチンとある。監視に蹴られたイヤな記憶も有れば。食事係の中年女性に子供だからとオマケして貰った覚えもある。
「……それは999番、アナタは……」
おっと。
見回りだ。
監視官である。俺の近くまでやって来た男達。
「マジメにやっとるか!」
「ジジィだからってサボんじゃねぇぞ」
「はい。頑張っております」
「今日はまずまず掘り進めてると自負しています」
「ホウ、ジジィと二人にしては……」
「確かに作業が進んでるみたいだな」
「ええ、俺が上手く教えておきました。
324番は石を運ぶより、こっちの掘削作業の方が合ってるみたいですよ」
俺はテキトウに誤魔化す。
台車を使って鉱石を運ぶより、固い岩肌をツルハシで掘削していく作業の方が間違いなくキツイのだが。
この監視員どもは。
どうせ、同じ労働などした事は無いのだ。分かりはしない。
「……いくらなんでも……
あのジジィにしては手際が良すぎないか……」
「いいじゃねぇか。
作業が上手く進むなら、その方がいいだろ」
「いやまぁ……そりゃそうなんだが……」
「よっし。
その調子で頑張れよ。
オマエラ二人とも好調と伝えておくぜ」
ネジの緩んだ監視が去っていくのを俺は見送った。
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