第12話 暗い微笑み
「なにっこれっ?!
魔力が溢れてるっ?!?!」
「あれっ、あれです!
やっぱり金剛魔石ですっ!!!」
「なんだよ、何が起きてるってんだよ」
幻想の完全治癒!
俺が唱えるとみんな騒いだ。クー・クラインは魔力の量に驚いたらしいし、ミューギンは金剛魔石の存在そのものに驚いている。コンラさんは、二人があまりに騒ぎ慌てているので、その事に驚いているらしい。
問題は金剛魔石じゃないし、幻想の完全治癒でも無いでしょ。
大事なのは、それがセタント君に効果があったのか。その一点。
俺はセタント君に触れてはいない。セタント君の横になる寝台そのものに唱えるような気持ち。なんとなく空間そのものに光が満ちた気がする。
暗かった部屋が明るく瞬いた。
「きゃっ?!」
小さく誰か叫んだ気がする。クーの声では無いから…………ミューギンちゃん?
まぁそんな事よりも、セタント君だ。
部屋が明るくなった分、セタント君の顔も明るくなった気がする。頬がこけているのは変わらないのだが、生命力の感じられなかった横顔に少しの生の脈動が起きている気がするのだ。…………と言っても、明るくなったからそう見えるだけのカンチガイかもしれない。
「セタントが…………さっきまでより元気に見える!」
「ホントーです。さっきまでは今にも死にそうな美少年でしたけど、今は眠っている美少年です」
「ホントか?!
そう言われれば……確かに顔が明かるいぜ」
むー、クーやコンラさんが喜んでいるのに…………錯覚かもしれないとは言いづらいな。
「あっ?!」
「今、目が開いた?!」
なにっ?
俺は騒いでいる三人に気を取られたので、患者から目を離していた。
俺が振り向くと、確かに少年の横に流れる金髪、その下に隠れた瞳が薄く開いていた。
クーとよく似た琥珀色の瞳。
一瞬だけ瞼が動いて、その瞳が見えたのだけれども、またその瞼は閉じてしまった。
「セタント?!」
「……セタント?」
クーとコンラさんが呼びかけている。と、いきなりブラウンの長い髪の少女が寝台に近づき、顔を揺さぶる。
「セタント、今目を開けませんでしたか。
起きているんじゃないの?
あたしの声が聞こえますわよね?」
「……聞こえてる……
だから、揺さぶるのやめて、苦しい…………」
ゆさぶったのはエメル王女である。それに反応したのは弱弱しい声だった。かすれていて、聞き取り辛かったけれど、間違いなく聞こえた。
「……セタント?!
良かった、生き返ったんだな?」
「イズモのおかげなの?!」
「コンラさん、元々彼は死んでいない。
クー、すまない。
水はあるか」
セタント君は目を開けたものの、弱弱しく咳き込んでいる。起き抜けで喉の水分が足りない。
近くにあった水の杯を渡されたので、ゆっくりとセタント君に近づける。
「アタシがやりますわ」
さっと俺から水を奪ったのはエメル王女。
強引に杯をセタントの口に付けて、水を流し込もうとしている。
「エメルさん、……相手は病人なんだ。
あまり強引には良くない」
「なんですって?!
あたしのやる事に文句があるって言うの!!!
……じゃない、失礼しましたわ。
イズモ様……どうすればよろいしんですの?」
一瞬、女性の顔が般若の様に変化したが。
王女は自分を押さえたらしかった。俺がセタント君を目の前で治療したのが効いているのかもしれない。
「ゆっくと傾けて、垂らすぐらいに少量ずつ病人に与えるんだ。
ずっと寝ていて、食事もしていないという事は、喉も胃も弱っている」
ぎこちない手つきではあるが、エメルさんは俺の指示に従ってくれた。
やがて、セタント君はこう言った。
「もういいよ、ありがとう。
………………」
金髪の美少年は落ち着いた風情で、また目を閉じてしまった。。
「眠ってしまったのか?」
「セタント、大丈夫なのか?」
俺に訊かれてもな。とにかく弱っているんだと思う。
「クー姉さん、まだ寝ていないよ。
久しぶりだね。
わざわざいてくれたんだ、ありがとう。
コンラも、すまない。
面倒を掛けるね」
まだ声は小さかったが、先ほどよりはしっかりしている。
喉が痛むのか、話し声は途切れ途切れだが、言う事はしっかりしている。
「エメル王女…………何故ここに?」
「何言ってるんですの?
アナタのお見舞いに来たんですわ!」
「……そう。
僕は貴方の怒りを買った、と聞いていたんだけどな…………」
「それは……不幸な行き違いです
セタントがこんな病気だなんて知らなかったものですから……」
「そちらの男性が……僕を治してくれたのかな?
どちら様、王女が腕利きの魔法医師を連れてきてくれたのかな」
「いや、魔法医師と言う訳でも無いんだが…………
キミに回復魔法を使ったのは俺だ。
イズモと言う」
「そう……そうなのか…………イズモ、聞いた事が在る名前だ。
変わった響きだから、なんとなく覚えている」
「おうよ、ウルダ国で評判の男だぜ。
いかにも怪しいなんて思ってしまって悪かったな。
どこかでセタントもウワサを小耳に挟んだんだろ」
コンラさんの台詞である。
セタントは聞いているのか、どうか、横を向いている。
「あのまま……僕は暗闇に吸い込まれるんだと思っていた。
僕はそれで良かったんだ。
これで黒い女神と一つになれる。
そう、思っていたのに…………意外と僕の体も頑丈だね」
金髪の少年が目を開けていて、軽くではあるが一瞬微笑んだ。
それは楽しそうな笑みでは無くて、危機一髪助かった喜びの笑みでも無くて。
俺には分かる。
自嘲の微笑み。
アレは自分の運命を嘲笑うような……笑う以外何も出来ない時にもらす薄暗い微笑み。
その瞳はクー・クラインと同じ琥珀色。…………なのだが、俺には暗く見えてしまった。闇のように黒い瞳、そんな風に感じてしまった。
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