第14話 忌まわしき三日月
忌まわしき三日月!
祈りの言葉が上がり、魔物の上半身が両断される。
魔物を倒して見せた黒いコートの男は額の汗を拭っている。
「半豚半馬、一体何体いるんや?
こんなに集中して魔物が出るなんて初めてや」
「さすが魔の山っちゅうこっちゃな。
ローフも感じるやろ
この充満した魔素」
黒いコートを着た殺気を放つ男ローフと金髪の美青年フェルディアッドである。
二人は川を越え、森の中を移動していた。
半豚半馬を対魔騎士の二人組は既に5体倒している。
普通の人間、国の兵士が見たなら呆然とするような光景である。
半豚半馬と言えば、1体で村が一つ半壊すると言われるようなバケモノなのだ。
力が強く、馬の下半身は移動力を持つ。村人では束になっても敵わない。口から毒液を溢れさせ畑にまき散らせば、せっかく育てた作物が全て腐り果てる。
兵士が討伐に出るなら、10人以上の部隊が必要だろう。
弓兵が威嚇をして追い込み、槍と盾で武装した兵が隊列を組み仕留めるのである。
対魔騎士にとって1体の魔物と戦うのはそれほど大した事では無い。
しかし。
5体もの魔物と続けて遭遇するなど、在り得る筈が無い、考えた事も無かった事態と言える。
あの日までは。
「ああ、ホンマ半端やあらへん。
あの日から世界中に魔素が溢れたけれども、それにしてもや。
ここは特別やな」
「ああ…………」
言葉少なに答えた金髪の美青年は一人胸の中で呟く。
……ローフは気がついておらんのか。
一番魔素が濃かったんは、さっきの鉱山作業所の近くや。
魔の山スレイブドナードの奥に入って、さらに濃くなるんかとビビッとったけど、むしろ山の中に入って薄まっとる。
どういうこっちゃ。
まさか、魔素の発生源はあの鉱山付近だったとでも言うんか。
二人の対魔騎士。ここまで魔物を仕留めているのはほとんどローフである。
ではフェルデアィアッドは役立たずかと言うと、彼は斥候役に徹していた。
魔物の存在を感じ取る。その魔物とローフが戦っている間、別の魔物でもいないか、周辺に意識を配る。傷を負った魔物が逃げる事の無いよう注意する。
役割分担である。
「これで五体目や。
こんな死体、重くて運べへんで」
「頭だけ切っていけばええやろ。
倒した証明には十分やろ」
「タダの豚に間違われへんか」
「山の中にブタがおるかい。
それ以前に口の中がくっさいやろ。
このニオイ誰でも分かるで」
「そんなん持ちとう無いわ」
「しゃーないやろ」
舌打ちしながらも魔物の頭を布でまとめて抱えるローフである。
「フェルディアッド、次の気配あるか?」
「…………デカイのがおるんや。
おるんやけど……でかくて方角がよー分からんわ」
「なんや、それ?」
「………………
金属の巨人やったりしてな」
「冗談やめぇ、そんなバケモンと逢うたら逃げるしか無いやろ」
「そやよな」
フェルディアッドは胸の中で考える。
ウワサではイズモから光る剣を授けられたクー・クラインが金属の巨人を倒したと言う。
が、アクマで舞台劇で語られている話なのである。どこかで話が大袈裟になるなんてありがちな現象。
いくらクーが腕を上げても、イズモとやらがフシギな力を持っていようが、人間に無理なモノは無理だ。
そこを突破するのは人間やめている様な連中。
スァルタム・クライン。
スカアハ師匠。
そんな異常な連中だけであろう。
「ローフ、なんか近づいてくる気配や」
「もう、俺にも分かるわ」
獣の叫ぶ声、獰猛な唸り声。風が伝える感覚だけでは無い。フェルディアッドの視界にも既に現れていた。四肢で走る暗い色の影。
「なんや、犬っころかいな」
「ローフ、油断するんやない。
普通の犬よりは明らかに大きいで。
下手したら仔牛くらいのサイズはある」
「へへへっ、大きかろうが犬っころや」
忌まわしき三日月!
「おおっと」
魔犬に向かい飛んでいく氷の刃。相手が仔牛サイズだとしても、その威力は魔物の肉体を切り裂くはずだった。
ところが獣はキレイに避けてみせた。
暗闇に赤い目を光らせ、大木の影へと身を隠した。
「はっはーん、さっきまでのくっさいだけのヤツとはちゃうようやな」
「おそらく、黒死の妖犬ってヤツや」
「さすが、優等生や、よう知っとんな」
「アホ、スァルタムさんは気にせぇへんやろけどな。
スカアハ師匠は覚えへんとぶん殴られんねん」
「きっついオバちゃんやな」
「アホウ、オバちゃんなんて言うてみい。
殴られるじゃすまんわ、その場で切られるで」
「マジか、蹴るんでもどつくんでも無くて、
刃物で切るんか?
それ、ちょっと気ぃ合いそうや」
「けっ、こっちの苦労も知らんとよう言うわ」
二人は軽口を叩きあっている様ではあるが、目線はお互いを見ていない。黒死の妖犬の隠れた木から視線を外す事は無い。
「いつまで隠れてる気や。
こっちからいったるか」
「…………ローフ、気をつけぇ。
一体やない!」
そのタイミングは見計らっていたかの様に魔犬が飛び出す。
ローフは即座に反応した。
黒死の妖犬の走る方向へ自身の身を躍らせながら叫ぶ。
忌まわしき三日月!
氷の刃が三日月の様な鋭い半円形を描き、宙を飛ぶ。走る魔犬の体に向かうが、その中心を捉える事は無かった。
「ちっ、すばしこいワンちゃんや」
「そやけど……
ナメるんやないで」
犬の胴体を軽く切ったかに見えた氷の刃。
だが。
犬の体に氷が広がっていく。
ガウッ!
吠え声を上げ、暴れる黒死の妖犬だが、その四肢はまたたく間に氷漬けになっていく。
「一丁あがりや」
足が凍って動けない魔物に黒いコートの対魔騎士は余裕の笑みを浮かべていた。
ガルルッ!
その吠え声が聞こえたのは別の方向であった。
振り向く、ローフの視界には黒死の妖犬が走る姿が映っていた。
「もう一体か!」
魔物が走る先にはフェルディアッドがいる。白いコートの美青年。
勢いを乗せ、犬とは思えないサイズの大型の獣が美青年に近づいて行くのである。
その顎が開かれ、犬歯が夜の暗闇に輝く。
口のはしからは涎が零れ、目は赤くギラリと光る。
「アオス・スィ」
その言葉を発していたのは金髪の青年であった。
右の体、左の体、真っ二つに切り裂かれた魔犬の姿を見て、ローフはつぶやく。
「そりゃ、そうや。
優等生やもんな」
忘れられし風の神。そんな神の名前、ローフでは聞いた事も無い。
ローフにとっての師匠はスァルタム・クライン。そのスァルタムの師匠であると言うスカァハ。一部では影の女王とすら呼ばれると言う。
そんなスカァハに見込まれているだけの事はある男。それがローフの同僚、フェルディアッドであった。
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