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男は異世界に生まれ変わる。だがそこも地獄の様と呼ばれ強制労働させられる鉱山だった。だけど俺ってば仕事中毒だから平気、むしろ生き甲斐が出来て楽しーや。  作者: くろねこ教授
第2章 貴族の少年

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第12話 畜生

 この鉱山の環境がサイアクな処に昼休憩が無いと言う点がある。


 なら労働者達は昼飯をどうするのか。

 坑道に入る前に携帯食料と液体の入った水筒をコイン1枚と交換する。食料はカンパンのような固形物と氷砂糖に似た茶色い物体、舐めると甘く疲れた身体には染み渡る。量は片手に持てる程度で腹が膨れるにはマッタク足りないが、とりあえず口に入れば夜までなんとか動ける。

 液体は薄く味が付いている。何なのか分かっていなかったが、ヒンデル老人に聞いてやっと分かった。水にワインを混ぜているんだそうだ。酔っぱらわないのかと思うが、そこまで濃くは無い。浄化なぞしていない水なのだ。少しのアルコールで消毒すると言う知恵であるらしい。

 まとまった休憩時間は無い。各自適当に立ち休みしながら口に放り込む。座ってゆっくりとなんて思おうものなら監視官が飛んでくる。


 坑道の中は陽の光が届かない。油で火を燃やすレトロな照明が照らすだけ。時間は分からないのだが、俺の体内時計では正午を回った。

 俺とヒンデル老人は軽く休憩しつつ、携帯食料を口に放り込む。

 なにやら聞こえる。

 言い争う音。

 

 これは…………

 俺の頭に先程の妄想がフラッシュバックされる。「ああっ助けてください」「ぐへへへ、いくら叫んでもこんな場所に誰も来ねーぜ」「ホラ素直に足を広げろや」「大人しくしてれば可愛がってやるからな」金髪の可愛い子にオッサン達が群がる。服を脱がされ、真っ白い美しい足が晒されて……

 だから! 

 違うって!

 セタントはいくら美形でも男の子だし!


 それに聞こえて来る音はもっと物騒な雰囲気。坑道の暗がりの方に人が数人いる。そこから声が聞こえるのだ。


「な、何をするんだ?!」

 ぐぁっ!」


 この音はおそらく人の身体に殴るか蹴るかした打撃音。


「ぐっ……

 何故こんな事を?」

「お上品な口きくじゃねーか。

 クライン家の坊ちゃん」


「父に恨みでも有るのか?」

「そうさ。

 俺は元は小貴族だったんだ。

 お前の親父との権力争いに負けて、このアリサマだがな」


「知らない!

 それに父は非道なマネはしない。

 アナタと争いになったとしてもそれは正々堂々と戦った結果の筈。

 それがこんな場所にいるのなら、アナタが法に触れる真似をしたのでは無いですか」

「……!……このガキ!

 容赦せんぞ」


 この声は66番と名乗っていたリーダー格の男。図星を差されたのか、上ずった声。勢いのままツルハシを振り上げるのが見える。

 俺は声のする方へ移動して来ていた。岩の影からその状況が見える。

 やばい!

 止めなきゃ! この距離からで間に合うか?!

 一瞬俺は飛び出しそうになったのだが、66番は味方に止められていた。

 

「いけやせんぜ。

 そこまでしたら殺しちまいやす」

「後でバレたら大事になる」


「分かっている!

 お前ら、そこのランプを持ってこい。

 ………………

 お坊ちゃん、分かるか。

 今俺はツルハシの先端を炎で熱している」


「……分かるとも。

 ツルハシの先が熱で赤くなっている。

 こんな暗い坑道で見ると奇麗だ。

 それで、僕にキレイな光景を見せてくれたの……かな」


 澄んだ声。食堂で聞いたセタント少年の物。年齢を考えると変声期はとうに過ぎているハズだが、嘘のように奇麗な声。

 しかし現在その声は震え、少し掠れる。

 当たり前だ。中学生くらいの少年が暗がりで薄汚れた中年男に囲まれ、凶器を見せつけられ脅されているのだ。

 普通の少年ならまともに喋れはしない。俺が中学生の時そんな目に遭ったなら、歯の根も合わぬほど震えているだろう。

 それをこの子は…………


 おそらく無理をしている。

 こんな男達に囲まれたくらいで怯えてたまるものか、と。必死で平気なフリを装っているのが、伝わってきてしまった。


「ヒヒヒ、強がれるのもそこまでだ。

 この焼けたツルハシでお前の肌に掘ってやる。

 『犬畜生』と刻んでやろう。

 くくくくく。

 この傷は簡単には治らん。

 火傷の跡として残るだろう。

 一生、お前の背には『犬畜生』と書かれて残る」


 『犬畜生』さげずむ言葉。前世で言うなら『|son of a bitch《牝犬の子》』とでも言ったところ。かなりお下品な蔑称だ。


 66番は焼けたツルハシを見せつける。脅そうとしているのだが、セタントは…………


「下品な人間は考え付く事も下品だ。

 クライン家の人間がその程度の脅しに屈すると思っているのか。

 やりたければやるがいい」


 キミは…………

 

 セタントは琥珀色の瞳で66番を睨みながら宣言する。良く観察すれば、その手が震えているのも見えるし、長い睫毛の下は潤み涙すらこぼれそうだ。それでも男に屈したりはしない。

 

 キミの…………キミの勇気は本当に賞賛に値すると思う。

 

 ……だけど、相手を怒らせてしまった。

 66番の顔が歪む。この男は脅しだけでなく本当にやるだろう。今まで部下を意のままにして来たのだろう。他人を傷つけ、踏みにじる事になんの罪悪感も覚えない腐った輩の臭いがする。


「よくぞ吠えたな。

 『犬畜生』め、人間様に盾突いたらどうなるか教えてやる。

 貴様ら、コイツの服を脱がせろ」

「……やめろ!」


 セタントは抵抗するが、少年の力では。複数の男に抑えつけられ、背中を向けて地面に転がされる。その服がぐいと持ち上げられ、暗闇に白い肌が…………


「……!……」


「これは?!」

「紋章?!」

紋章魔術シギラムの一種か」


 その背中は少女のように奇麗であったが、真っ白では無かった。背中には黒く紋様が刻み込まれていたのが俺にも見えた。


「……これがおそらく対魔騎士ナイトの紋章だ。

 聞いた事がある。

 クライン家の人間に代々伝わると」


 66番がゆっくりと言う。


「へへへ。

 さすがは国一番の対魔騎士ナイト

 大仰な仕掛けだぜ。

 くっくっく。

 丁度いい。

 この焼けたツルハシで背中を紋様ごと焼いてやろう」


「ヤッ……ヤメろ……」


 金髪に隠れた顔の下の地面が濡れる。恐怖で涙が流れてしまったのだろう。それでも、屈服の言葉は上げない。耐えている。


「強がりすぎたな。

 『犬畜生』」


 赤黒く焼けただれたツルハシの先端が、白い背中へと近づく。


 だが、その凶器はセタントに振るわれる前に受け止められていた。

 狂った男のツルハシを受け止めたのは。

 勿論、俺の腕である。

この作品はカクヨム様にも投稿しています。

そちらの方が先行していますので、先が早く読みたい方はこちらへ。

カクヨム くろねこ教授 で検索してくださいませ。


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