第12話 畜生
この鉱山の環境がサイアクな処に昼休憩が無いと言う点がある。
なら労働者達は昼飯をどうするのか。
坑道に入る前に携帯食料と液体の入った水筒をコイン1枚と交換する。食料はカンパンのような固形物と氷砂糖に似た茶色い物体、舐めると甘く疲れた身体には染み渡る。量は片手に持てる程度で腹が膨れるにはマッタク足りないが、とりあえず口に入れば夜までなんとか動ける。
液体は薄く味が付いている。何なのか分かっていなかったが、ヒンデル老人に聞いてやっと分かった。水にワインを混ぜているんだそうだ。酔っぱらわないのかと思うが、そこまで濃くは無い。浄化なぞしていない水なのだ。少しのアルコールで消毒すると言う知恵であるらしい。
まとまった休憩時間は無い。各自適当に立ち休みしながら口に放り込む。座ってゆっくりとなんて思おうものなら監視官が飛んでくる。
坑道の中は陽の光が届かない。油で火を燃やすレトロな照明が照らすだけ。時間は分からないのだが、俺の体内時計では正午を回った。
俺とヒンデル老人は軽く休憩しつつ、携帯食料を口に放り込む。
なにやら聞こえる。
言い争う音。
これは…………
俺の頭に先程の妄想がフラッシュバックされる。「ああっ助けてください」「ぐへへへ、いくら叫んでもこんな場所に誰も来ねーぜ」「ホラ素直に足を広げろや」「大人しくしてれば可愛がってやるからな」金髪の可愛い子にオッサン達が群がる。服を脱がされ、真っ白い美しい足が晒されて……
だから!
違うって!
セタントはいくら美形でも男の子だし!
それに聞こえて来る音はもっと物騒な雰囲気。坑道の暗がりの方に人が数人いる。そこから声が聞こえるのだ。
「な、何をするんだ?!」
ぐぁっ!」
この音はおそらく人の身体に殴るか蹴るかした打撃音。
「ぐっ……
何故こんな事を?」
「お上品な口きくじゃねーか。
クライン家の坊ちゃん」
「父に恨みでも有るのか?」
「そうさ。
俺は元は小貴族だったんだ。
お前の親父との権力争いに負けて、このアリサマだがな」
「知らない!
それに父は非道なマネはしない。
アナタと争いになったとしてもそれは正々堂々と戦った結果の筈。
それがこんな場所にいるのなら、アナタが法に触れる真似をしたのでは無いですか」
「……!……このガキ!
容赦せんぞ」
この声は66番と名乗っていたリーダー格の男。図星を差されたのか、上ずった声。勢いのままツルハシを振り上げるのが見える。
俺は声のする方へ移動して来ていた。岩の影からその状況が見える。
やばい!
止めなきゃ! この距離からで間に合うか?!
一瞬俺は飛び出しそうになったのだが、66番は味方に止められていた。
「いけやせんぜ。
そこまでしたら殺しちまいやす」
「後でバレたら大事になる」
「分かっている!
お前ら、そこのランプを持ってこい。
………………
お坊ちゃん、分かるか。
今俺はツルハシの先端を炎で熱している」
「……分かるとも。
ツルハシの先が熱で赤くなっている。
こんな暗い坑道で見ると奇麗だ。
それで、僕にキレイな光景を見せてくれたの……かな」
澄んだ声。食堂で聞いたセタント少年の物。年齢を考えると変声期はとうに過ぎているハズだが、嘘のように奇麗な声。
しかし現在その声は震え、少し掠れる。
当たり前だ。中学生くらいの少年が暗がりで薄汚れた中年男に囲まれ、凶器を見せつけられ脅されているのだ。
普通の少年ならまともに喋れはしない。俺が中学生の時そんな目に遭ったなら、歯の根も合わぬほど震えているだろう。
それをこの子は…………
おそらく無理をしている。
こんな男達に囲まれたくらいで怯えてたまるものか、と。必死で平気なフリを装っているのが、伝わってきてしまった。
「ヒヒヒ、強がれるのもそこまでだ。
この焼けたツルハシでお前の肌に掘ってやる。
『犬畜生』と刻んでやろう。
くくくくく。
この傷は簡単には治らん。
火傷の跡として残るだろう。
一生、お前の背には『犬畜生』と書かれて残る」
『犬畜生』さげずむ言葉。前世で言うなら『|son of a bitch《牝犬の子》』とでも言ったところ。かなりお下品な蔑称だ。
66番は焼けたツルハシを見せつける。脅そうとしているのだが、セタントは…………
「下品な人間は考え付く事も下品だ。
クライン家の人間がその程度の脅しに屈すると思っているのか。
やりたければやるがいい」
キミは…………
セタントは琥珀色の瞳で66番を睨みながら宣言する。良く観察すれば、その手が震えているのも見えるし、長い睫毛の下は潤み涙すらこぼれそうだ。それでも男に屈したりはしない。
キミの…………キミの勇気は本当に賞賛に値すると思う。
……だけど、相手を怒らせてしまった。
66番の顔が歪む。この男は脅しだけでなく本当にやるだろう。今まで部下を意のままにして来たのだろう。他人を傷つけ、踏みにじる事になんの罪悪感も覚えない腐った輩の臭いがする。
「よくぞ吠えたな。
『犬畜生』め、人間様に盾突いたらどうなるか教えてやる。
貴様ら、コイツの服を脱がせろ」
「……やめろ!」
セタントは抵抗するが、少年の力では。複数の男に抑えつけられ、背中を向けて地面に転がされる。その服がぐいと持ち上げられ、暗闇に白い肌が…………
「……!……」
「これは?!」
「紋章?!」
「紋章魔術の一種か」
その背中は少女のように奇麗であったが、真っ白では無かった。背中には黒く紋様が刻み込まれていたのが俺にも見えた。
「……これがおそらく対魔騎士の紋章だ。
聞いた事がある。
クライン家の人間に代々伝わると」
66番がゆっくりと言う。
「へへへ。
さすがは国一番の対魔騎士。
大仰な仕掛けだぜ。
くっくっく。
丁度いい。
この焼けたツルハシで背中を紋様ごと焼いてやろう」
「ヤッ……ヤメろ……」
金髪に隠れた顔の下の地面が濡れる。恐怖で涙が流れてしまったのだろう。それでも、屈服の言葉は上げない。耐えている。
「強がりすぎたな。
『犬畜生』」
赤黒く焼けただれたツルハシの先端が、白い背中へと近づく。
だが、その凶器はセタントに振るわれる前に受け止められていた。
狂った男のツルハシを受け止めたのは。
勿論、俺の腕である。
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