第114話 魔法医師
鉱山の収容所、監視員の建物から正門に向かう前に広場がある。篝火を焚いていた場所である。
「貴様、呪術師だろう」
「俺たちの肩に刻んだ紋様魔術をどうにかしやがれ!」
壮年の男が集団に囲まれている。
この鉱山収容所に捕まっていた人間達が、石の巨人騒ぎで逃げ出してきたのである。
しかし肩に紋様魔術がある限り、正門からは抜け出すことが出来ない。
通常であれば監視の居る建物に逃げてきた作業員の前にちょうど呪術師がいたのであった。
「おっ、俺は単にサウィン祭の禊に呼ばれただけで……
アンタ達の紋様魔術を刻んだのは俺じゃない」
「そんなのは、どうでも良いんだよ」
「とにかく俺達の紋様魔術を消してくれ」
「それは……俺にはムリだ。
刻んだ本人じゃないと元々、紋様魔術は刻む事は出来ても解呪は難しい。
本人だって簡単には外せないと思う。
まして俺は紋様魔術にはあまり詳しくない。
魔法医師の方が専門なんだ」
「クソッ、役に立たねぇ」
呪術師を囲む男達に不穏な空気が広がる。
「ぶっ殺してやるか」
「呪術師なんだ。
俺の肩に紋様魔術を入れたサイテー野郎の仲間だろ」
「時代遅れの呪術師のくせに。
国に媚びて金儲けしてんだ。
殺されたって文句は言えねぇさ」
元々鉱山労働者には犯罪者が相当数混じっている。金のために盗みを暴力を働いて来たモノたち。呪術師などと言う、サギ師のくせに国や貴族に認められて稼いでいる連中へ向ける視線は厳しい。
「落ち着け、俺は人殺しの片棒担ぐなんてゴメンだ」
「この男をやったって何にもならないだろ」
一方、穏健派もいる。この収容所に捕まってはいるものの、大した罪を犯した訳では無い。借金が払えなかったり、運悪く貴族や王族と対立してしまった。そんな人間も半数は混じっているのである。
口汚く争う男達。
「フザケんな。
良い子ちゃんヅラしたってこんな場所で誰も褒めちゃくれねぇぞ」
「ムダな暴力なんだよ。
疲れるだけでナニも得しねぇんだ。
その位分かる頭も無いのか、このバカ」
混乱した場であったが、一人の男が声を上げる。
「今、コイツ魔法医師だって言ったぞ」
「だからどーした?」
「腹でも痛いなら勝手に治してもらえ」
「あの門だ。
あそこに重傷者がいる。
お前の魔力で治して見せろ。
さもなきゃ……ここに居る荒っぽい男達がオマエを地獄送りにしてやる」
「はん? お優しいこったな」
「あんな抜け駆けして逃げようとしたヤツのめんどうかよ」
「バカ、分かんねぇのか。
こいつがあのケガを治せるならよ。
肩で紋様魔術が爆発したってかまやしねぇ。
門を抜け出た後で、コイツに治療して貰えばいいだけだ」
「…………!……」
男達が動き出す。強引に呪術師を門の方へと引きずっていく。やっとこの場所から逃げられそうな希望が見つかったのである。
大門の前には左肩を抑え呻いている人間が2人。既に呻き声すら上げ無い人間が3人いた
「さぁ、治して見せろ」
「分かった、やってみる
しかし、あっちの3人はもうほとんど死んでいる。
死人を生き返らせるのはムリだぜ」
「いいから、とっととやりやがれ」
「てめぇのお仲間の紋様魔術を喰らったんだ。
お前がやったも同然だろう」
「治せなかったら、俺がお前をあの世に送ってやる」
呪術師が取り出したのは、小指の先ほどの大きさの黄魔石。
大事そうに両手で持ち唱える。
「大いなる大地のダグザ神よ。
この小さき人に力を貸したまえ。
賢明なるディアン・ケヒトの癒しの力をここに顕現させたまえ」
壮年の呪術師が向かったのはもっとも軽傷と思われる男であった。その負傷は左肩の下まで、胸部分には及んでいない。
「あ、ぐあ…………
ああああああああああ!」
負傷した男が呻く。血を流し過ぎたのか、半分意識を失った様に見えていた。現在無くした左肩を残された自分の右腕で抑え叫ぶ。
「ぐはぁっ。
熱い、熱い熱い。いてぇいてててて。
はぁっ、ぐはっ、はっはぁっはっ……」
「おいおい、大丈夫かよ。
ハデに痛がっているじゃねぇか」
「治せ、って言ってんだぜ。
苦しませてどうする?」
「やかましい。
ジャマをするな。
もう意識も感覚も無くしてたんだぞ。
そこから意識を取り戻したんだ。
回復してるんだよ」
専門の魔法医師の技術にまで口出しされて、壮年の男は口荒く答える。
「治ってるのか。
左腕が消し飛んでるのが、復活するのかよ?」
「ホントか、すげぇな」
「……そこまで期待するな!
出血は止まっただろ。
命はとりとめた。
腕まで元通りにはならない」
「なん、だと?」
「……このサギ師野郎!」
「片腕無くしてどうしろってんだ!」
「五月蠅い!
放っておけば死んでたんだぞ。
腕の一本位無くしたってなんとかなる。
生かしてやったんだ。
俺は麓の町に居る一般的な魔法医師だぞ。
王族のお抱え腕利き呪術師じゃ無いんだ。
これ以上、どうしろってんだ」
魔法医師の男が激高して言葉を紡ぐ。
片腕を無くした男と同じ立場の作業員達としては納得しがたいが。魔法医師がここまで語気荒く言うからには事実なのだろう。
「じゃあ、やはり…………
ここから脱出するのは無理なのか……」
「左腕を無くす覚悟を決めれば……」
「運が良ければ腕を無くして助かるかもしれないが……」
「あっちの男は即死してるんだぜ。
そんなの試せるもんかよ」
作業員達の中に諦めのムードが広がる。この地獄の鉱山から逃げ出せる絶好の機会と思ったが。腕を無くすか命を無くすか、そんな賭けに自分の身を投げ出せるものでは無い。
「うわっ、大変。
片腕無くなってるじゃない。
大丈夫なの?
ふーん、お医者さんでも治せないんだ?」
その時、若い男が現れる。男は状況が理解出来ているのか、トボケた声を上げている。
「なんだコイツ?」
「コイツどっかで見たような……」
魔法医師が答える。
「そうだ。
俺じゃコレ以上の治療はムリだ」
「ふーん、じゃ少しだけ俺も試してみて良いかな?」
勝手にしろ、と言う様に魔法医師が重傷者から離れると若い男は近づいて行く。
一瞬、作業服のポケットから何か取り出していた様に見えた。
アレは…………
魔法石に見えなかったか?
確かに黄魔石に見えたけれども。
在り得ない。
あんなバカでかい黄魔石がこの世に有る訳ねーだろ。
作業員達はぼうっと見つめる。
若い男は腕を無くした男に手を差し伸べて、ナニか知らない言葉をつぶやいていた。
瞬間治癒
その瞬間であった。
倒れた男の無くなった腕の先が光かがやいた。
呆然とした作業員達の視線の先には地面に横たわる男。
左腕を失った筈の男。
だがその男には両腕がすでに在ったのである。
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