第1話 作業員999番
俺の視界の端で老人が倒れる。
老人は荷車をひっくり返していた。一個車輪がついただけの荷車。足場の悪い場所向きと言えば向きなんだが。鉱石を多量に載せたコイツを操るには相当な体力が必要だ。
ズザザザザザァッ!
音を立てて崩れ落ちる鉱石。辺りの人間だってトーゼン気づいてる筈だが、見て見ないフリをする労働者達。
「なにやってやがる!」
「このボケがぁ」
威圧的な声が鳴り響いて、監視どもが現れるのだ。
「寝ぼけてんのか、このジジィ」
「ふざけんじゃねぇ」
ふざけてなどいない事は誰にでも分かる。あの倒れた男は相当の年齢に見えた。体力の限界なのだ。
そんな事すら分からないのか。
監視官どもは俺の視界で倒れた男を蹴り飛ばすのである。
俺は勿論、不快な気分だった。
今すぐ駆け寄って監視官を殴りつけたいところだが、そうもいかない。鉱山労働で鍛えられた俺の腕なら二人くらいの監視官なら相手に出来る。しかし、そんな事をしても、すぐ監視官の応援が駆けつける。
俺もあの老人も、周りの鉱山労働させられている作業員連中も肩に紋章を刻み込まれているのだ。この紋章魔術がある限り監視に逆らう事は出来ない。一瞬で片腕が千切れ飛ぶ。俺もあの老人も助からない。
「ヘヘヘ、ジジィ。
俺はまだ、紋章魔術が発動したシーンを見てねぇんだよ。
試しに見せちゃくれねぇか」
監視が薄笑いを浮かべる。ロッドを取り出し老人の方向へと向けようとしている。
まずい!
俺は既に見た経験が有った。
あのロッドで指し示されてしまえば肩の紋章魔術が弾け飛ぶ。肩から胸に近い部位まで肉が千切れ飛ぶのだ。若い頑健な男なら腕を無くすだけで生き延びる事もあるだろうが、あの年齢では即死しかねない。
そんな事は分かっている筈なのに、薄笑いを浮かべた監視の男はロッドを向けようとしているのだ。絶対的優位に立つと人間はここまで酷薄になれるものなのか。
俺は怒鳴りたいのを堪えて、無理矢理とぼけた大声を上げる。
「監視官閣下、監視官閣下!
来てください。
これは希少魔石じゃないですか?」
「ん……なんだ?
うるせぇぞ」
「チッ、どうせクズ鉄だろうが」
ブツブツ言いながら監視はやって来た。
俺が取り出した石を見つめて喜声を上げる。
「おおっ、こりゃ緑魔石じゃねぇか!」
「ホントかよ。
サイズもデカイし、純度もすげえな。
このまま使えそうじゃないか」
「運が良かったな、お前。
同じような石が出たらすぐ報告しろよ」
「もちろんでさ、監視官閣下。
それで……へへへ。
少し褒美を戴けませんか。
たまに夕食にエールくらい飲みたいんです」
俺は頭の悪いゲスな男を演じてみせる。この方が監視員も安心するはずだ。
「……よく見るとおかしくないか。
いくらなんでも土から出て来たにしちゃ、こいつ純度が高すぎねぇか」
一人の監視員が不審そうに言い出す。
細かい事気にするんじゃ無い。
それでも俺が隠し持ってる中ではクズ魔石なんだ。それ以下の魔石なんか持っているものか。
「良いじゃねぇか、その方が金になるんだ」
「……まぁそりゃそうだけどよ……」
「お前、番号は?」
俺は作業服の右腕を捲り上げる。左腕から肩にはあの紋章魔術が刺青のように刻まれている。右腕には数字が刻まれているのである。
「999だな。
コインを増やすよう伝えとくぜ」
男は俺の右肩を見て言った。
「ありがとうございます」
俺は監視官に頭を下げる。ムカツクが仕方ないのだ。
一人の監視官はまだ首を捻っていたが、やがて別の坑道へと去って行った。
それを見送ってから俺は老人へと近づく。
ハァハァ言いながら、落とした鉱石を台車に載せている。
老人が一人で重労働をしているのだ。監視どもに蹴られた処が痛むのか。たまに腹を抑えているのが痛々しい。
地面に散らばった鉱石を拾い、台車に載せてやる。
「すまねぇな、若いの。
気持ちは有り難いが……
止めておけ。
また監視が来たら、お前までどやされるぞ」
「心配するな。
監視どもが来たら逃げるさ」
俺は老人に近づく。
作業着のポケットに隠して右手で魔石を握りしめる。
先程の緑魔石じゃない。
黄魔石。
こいつには回復の魔力がある。
緑魔石なら風の魔力。これは身体能力が向上する。
赤魔石は火を使う攻撃の魔力。
黄魔石は体を癒す、土の魔力。
青魔石は水を使った攻撃の魔力。
俺は黄魔石を隠し持ち、もう片手で老人の腰をさすってやる。
「痛むのはこの辺りか」
「ああ、ヤツラ思いっきり蹴りやがってよ。
チクショウ、今日はメシが食えん……
ん?…………
なんだ?!
さっきまで有った痛みがキレイサッパリ消えてやがる!」
老人は驚きの声を上げるが、すぐ黙り込む。
俺が間近で口に一本指を立てたからだ。
この世界でも通じるサイン。
静かにしとけの合図。
老人は俺の方を見ている。
神様でも見たような表情。目から涙がこぼれ落ちそうになっている。
「……あ、あんた……
いや、あなたは…………
あなた様は一体……」
あなた様はさすがに言い過ぎだよ。人生の先輩にそこまで言って貰わなくていい。
「ん、俺の事か……気にすんなよ。
タダの作業員999番だ」
俺は老人に答えていた。
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