暁-4
「そこに落ちとる、皮はなんや解っとるか?」
男は、したり顔で説明を始めた。
「妖は人に化ける時、化ける人間の一部を自分の身体に張り付けるんや。」
「ほーすると、どーなるか分かるか?」
男は下半身剥き出しのまま続けた。
「えーから、まずなんか履けや!」
暁 伊織は、語気を強めて言った。
男はズボンとパンツをまとめて履きながら言った。
「化けた人間は髪の毛1本、皺、ホクロ迄本物と同じや。」
「つまり、化け物が変身を解かん内は、その女を抱いとんのと一緒や。」
男は死者を冒涜するような言葉を、まるで蛇口から水でも流すかの様にシャーシャーと口にする。
「俺はこの妖…女郎蜘蛛を専門に狩っとるんやけどな、これが楽しみの1つなんや。」
「まあ…言ってみりゃあ、プロっちゅーことや。」
男は得意気に話を続けた。
「このテントとかも一式全部、組織がホームレスに金を渡しておれに用意してくれたんや。」
「今回お前のお守りを頼まれたんやけど、別に俺1人でええで手を出さんようにただ見とればええ。」
「見られとる方が興奮するしな。ワハハハ。」
(こんな腹立たしい奴が仲間内におるんか?)
伊織は愕然とした。
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名目は『伊織がまだ新人なので面倒を見てやってくれ。』と、いうことにしてあるが、“そはやの剣”…組織の本音は違った。
「アノ男は長いこと、女郎蜘蛛を狩り続けておかしくなっとる。」
「あの妖の出す、匂いかなんかは知らんが、あれは麻薬とか媚薬みたいな物や。」
「段々もっとギリギリを攻めたくなって、そのせいで、今までも何人か殺られとる。伊織。危なくなったらお前がなんとかしたってくれ。」
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しかし、数日後その橋の下のテントで1人の男が死体で発見された。
全身皺だらけの体には頚から上…それと、血液が一滴も残されていなかった。
しかも初めは警察官や鑑識が、やがて公安が指揮を執ったが、捜査が打ち切られた。
上から圧力がかかったのだ。
勿論、組織が黙らせた。
見えない者に妖の案件が手に負える訳がない。
しかも、今回は男の死体をわざわざ残してある。
退魔師達に対する完全なる挑発だ。
或いは、仕返しのつもりかも知れないが、どちらにしろ明らかな敵対行為である。
男が単独行動をしたこともあり、伊織の責任は問われなかったが、彼女は黙ってなかった。
独断で橋の下に赴き、妖どもを挑発した。夜の帳が、降りると妖どもがいるであろう暗闇に向かって罵詈雑言と皮肉を撒き散らした。
左右から少女が二人、闇の間を“ぬるっ”と、滑るように現れた。
「あかんなぁ、こないな可愛らしいお嬢ちゃんが汚ない言葉遣いで…」
「お前の皮を剥いでお前に化けたるわ。」
「そんで、お前の身体で男の精を吸いまくったるわ!キャハハハ!」
二人の背中から左右2本づつ、合計4本の節足動物のような脚が伸びた。
両腕と両足も同じ様に、節足動物の脚に変形すると同時に身体も巨大な蜘蛛のような姿になった。
黒を基調に金と緑のストライプに彩られた身体の美しさを、その醜悪な顔が台無しにしていた。
額からは左右非対称の角が2本生え、不自然な程細面の老婆のような顔に蛇の瞳を連想させる細長い瞳、耳まで裂けた口。
伊織は、(醜いなぁ)と、思った。
2匹の妖は、伊織に左右から同時に襲い掛かった。
瞬間、伊織が消えた……様に見えた。
実際に人が突然消える訳が無いが、伊織は神乃道場で7年間みっちり孤路狼に脚運びや剣術、体術等を学んできた。
相手の“虚”を突くことによって消えた様に見せる事など造作もない。
後ろ上方から両手に2本の破邪の剣を携えた、伊織が舞い降りた。
向かい合った2匹の女郎蜘蛛は面食らった顔を隠す間も無く塵と消えた。




