月夜の兎-7
「ホンにありがとうございます。」
「さっきまでの苦しさが、まるで嘘みたいですわ。」
「まさか自分の腕に苦しめられるなんて、夢にも思っとりませんでしたから…」
余程嬉しいのであろう。
蛟の抜けた男は先程迄の陰鬱な面持ちとは対称的な晴れ〃とした表情で頭を下げた。
「どこの病院でも散々検査した挙げ句、なんやらストレスでどーたらこーたら。」
「結局よう治せんかったんやけど…ほんとに…知り合いに、ここを紹介してもらわんかったら、腕を切ってしまおうかとも…」
辛く苦しかった思いが込み上げて来たのであろう…
途端に饒舌になった男であったが、最後の方は嗚咽にかき消されて言葉にならなかった。
「さあ、横山さん。もう大丈夫ですから。奥さんが心配して待ってますよ。」
「…おお。そうやった。しかし…コレの説明をアレにどうやってしたらええもんやろう?」
蛟の入った《妖籠》を覗き込みながら、男は小首を傾げる。
「まあ、その辺はミコ…んっ…うちの事務員がきちんと説明しますから。」
「ほうですか。そりゃあ助かります。」
ほっと胸を撫で下ろし、男は再び頭を深々と下げると診察室を出ていった。
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『妖守鍼灸治療院』の夜は、このようにして更けてゆく。
代表的なこの男の様な案件を見て頂くと分かるように、【第二診療】とは、大別して『お祓いのようなもの』と、認識していただいて構わない。
つまり、一般論で括ってしまえば、鋼一は優秀な霊能力者、または退魔師と、いう位置付けで良いだろう。
実際『妖守鋼一』は『妖守鍼灸治療院の凄腕の退魔師』として、ソノ世界では名を馳せているのだから。
しかし鋼一本人に言わせると…
「僕は退魔師では無い」
…らしいが。
兎にも角にも。
横山のように現代医学の常識からかけ離れた奇怪な現象に悩まされた者達が、一縷の望みを持って訪れる場所がココ、『妖守鍼灸治療院』であることは他替え用の無い事実なのである。