ミンマ・ハンク-1
「はぁあああ…」
諦めとも取れるため息が、二人の口から溢れた。
美琴が“ツカツカッ”と二人に近寄り、
「だそーよ。」
と、言った。
「大体私をおいて行こうってのが大間違いなんだからね。」
「でもこれで月子さんを取り戻すことだけに専念すれば良くなったんだから、結果オーライじゃない。」
確かに齢82の老人に、最前線で闘えと、言うのは、少々無理がある。
実際針ニが帰国してからは、二人が知る限りは一度も実戦はせず、隠居をしていた筈だ。
最後尾で美琴の警護をしてくれるということは、陰陽師(しかも最高位の術師)の索敵能力をあてに出来るということだ。
結果的に最強の布陣が出来上がったと、言える。
ドライブインから国道に掛かる歩道橋を渡る途中で、美琴はすぐ前を歩くハンクに話しかけた。
「ハンクってホントに無口よね」
「でも慌てると、関西弁で捲し立てるのが不思議よね」
「どうやってしんちゃんと知り合ったの?」
「・・・・・・・」
美琴は、立て続けにハンクに質問するが、寡黙なハンクは、ニコニコ笑うばかりで答えようとしない。
ハンクに代わって針ニが、ネパールの密林で、ハンクと初めて会ったこと、彼がグルカ兵で、日本人の師に付いて退魔師としての修行を詰んだこと、一緒に岐阜に来て、妖退治とバーテンをやっていること等をザッと、説明した。
実際はかなり込み入った話なので端折ったが、大まかなことは伝えた。
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1972年の4月。針ニは高校を卒業するとすぐに渡航した。
先ずはインドで原始的なTATOOを学びながら妖退治をして日銭を稼いだ。
ある程度自信が付きフィリピン、インドネシア、マレーシアと渡り歩いた。
そうして10年余り渡り歩いたあと、最後にたどり着いたところがネパールだった。
理由は簡単だ。ネパールにはヒマラヤ山脈等の寒冷地と亜熱帯の密林があり、猛獣や妖等の実戦相手もウジャウジャいる。
過酷な環境と強敵を相手に日々訓練に明け暮れた
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《シェルパ》と、いうとヒマラヤで登山をするときに大きな荷物を担いで道先案内をする人々、もしくは職業をそう呼ぶと思っている人が多いが…
実はネパールという国は多民族国家で、100以上の部族があり、使われている言語だけでもヒンドゥー語、ネパール語、チベット語、英語等、もしくはそれらの複合とかなりの多岐に渡る。
そう《シェルパ》とは、ポーターやガイドの別称ではなく、数多ある部族の名称の一つである。
その中でも8000m級の山々をガイドするシェルパは極僅かであり、さらにグルカ兵を退役した者となればネパールの民の中でもエリート中のエリートであると言えよう。




