鬼岩-2
公園の入り口にある旅館の玄関前に、短い橋があり、その上に車を停めた。
長靴を履いて、岩くぐりの入り口に向かって石段やら遊歩道やらを跳ぶようにして走った。
俎板岩をくぐり抜け、岩屋の入り口に着くと、観光協会の青年部の面々が1ヶ所に集まって背中を向けていた。
足元を指差し、皆一様に真剣な顔をしている。
覗き込むと、そこには20cm×30cm程度の穴が空いていた。
(こんな穴なんてあったか?)そう思って問いかけようとした時、Mくんが口を開いた。
「ここに女の子が立ってたんやけど、突然この穴が空いて吸い込まれたそうや。」
(そんなことってあるのか?…こんな小さな穴に?…それも突然空いたって?)
(どちらにしてもここからでは降りられない。もっと上流からじゃないと…)
そう思った途端に、また先読みされているかのように、
「Yが上(上流の方)からロープで降りて、子供を抱き上げて『救急車を呼んでくれ!!』と、叫んだ」
Yとは、学校は違ったが、僕と同い年の幼馴染みで、共に消防団も卒業している。
旅館の次男坊であったが、偉ぶるところもなく正義感の強い、好青年だった。
そのYが、頭までびしょ濡れになり、へたり込んで「クソッ!クソッ!」と、地面を殴り付けていた。
その時救急車のサイレンが鳴り響いて、遠ざかって行った。
話を聞くと、Yが水の中を進んで子供を見つけた時、既に少女は暗くて冷たい川底に沈んでいて、もう息をしてなかったそうだ。
当然岩の下には陸地など無いので、まともな人工呼吸等出来る訳もなく息の無い少女を抱えて上流から引き上げられた。
目の前で我が子が消えた父親は茫然自失となり、助け上げられた娘の変わり果てた姿を見ると、今度は半狂乱になったらしい。
救急車に同乗し、最後まで娘が蘇生することを祈ったのだろうが…とうとう我が子は目を醒ますことはなかった。
死亡事故や怪我人が出る度に仕切りや梯子を架けたりしたが、酔って入ったり、正しい道ではない所を跳ぼうとして滑って怪我をする、という事件が多発した。
この時も大きな看板に、禁止事項が箇条書きに書いてあって、『お子さんは危ないので禁止』となっていたのだが…
結局、誰かが見ている…という訳にもいかずこの平成初の死亡事故以来、岩くぐりは閉鎖される事となった。
その後も勝手に入って滑落したり、足を折ってヘリコプターで運ばれたりということが続いた。
2016年には天然記念物の巨石群にロッククライミング用の楔が打ち込まれているのが見つかり、大きなニュースとなった。
そういう事情もあり、寂れていく観光地の様相であったが、近年流行った鬼滅の刃のお陰で鬼の一刀岩と名付けられた(昔からある荘厳な岩の展望台。本当の名前は蓮華岩という)ところが有名になってコスプレイヤーやファンの人々で賑わっているそうだ。
岩くぐりの復活を願う根強い声もあり、近年では予約制でガイド付きという体制でやっているらしい。
僕がこの地と関わりを絶って、20数年。
10年程前に脳梗塞を患い、感覚、構音障害、そして、筋萎縮性疼痛が深刻な後遺症として残ったが数匹の猫と見捨てずに居てくれる人のお陰で、痛みも消え、気分も明るくなりどうにか小説を書くことが出来る様にまでなりました。
この場をお借りして、謝意に変えさせてもらいます。
明日、『関の太郎(鬼)の首塚』にお参りしてきます。
それから小説の続きを書かせていただきます。
最後に。
鬼岩で亡くなった全ての人達の御冥福を御祈りします。
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