月夜の兎-6
「さて、ところでコイツの始末なんですが…」
鋼一は《妖籠》を擦りながら、話を続ける。
「一応、こちらで面倒を見てやることも出来るんですが…僕としては、横山さんご自身に引き取って頂けたら…と、思うんですが。いかがでしょう?」
横山は唖然として自分の耳を疑った。
それもそのはず。たった今まで自分の左腕を乗っ取り、首を締めたり、身体中を掻き毟ったりしていた…災いの元凶である、得体の知れない蛟とかいう化け物をこの男は引き取れと言うのだ。
「はい?先生…いまなんと?」
信じられないと、いった表情で目をパチクリさせる男を諭すように鋼一は、尚も続ける。
「いえね…元々コイツらは、静かで温厚な奴等でして…それどころか田畑を護る自然神に近い働きもするんですよ。」
「まあ…座敷童子とかほどじゃありませんけど…ほら、お稲荷さんだって狐信仰でしょう?」
「はあ…言われてみりゃあ確かに…日照りの年も、台風の時でも、なんでか知らんがワシんとこの田んぼや畑だけは被害が少なかったんやけど…それもそのミズチさん…?とやらのお陰やったんですかのぉ?」
「おそらく。」
半信半疑の男にとどめを刺すべく、鋼一は蛟の入った《妖籠》を、男の目の前に差し出した。
間近で見る蛟は、どこか透明感のある銀色をしていて、成る程、神々しく見えなくもない。
桃の木の枝と御札の効力で弱っている様子も、男にとっては本来おとなしいモノであるという印象を与えられるのでプラス材料だ。
「元の棲み家のあった場所に屋根付きの小さな祠でも建てて祀ってやってください、」
「それと…時々でいいので、お供え物なんかもしてやれば、きっと良い守り神になりますよ。」
「分かりました。もともとワシが家を壊しちまったんやし…田んぼを護ってくれる神様みたいなんがおってくれるんやったら、農家にとっては怖いもん無しやし…連れて帰りますわ。」
「ありがとうございます。では、細かい説明書きと一緒にお持ち帰り用に用意しますので、待合室でお待ちください。」
男の決断に鋼一は顔をほころばせ、肩の力を抜いた。
事の成り行きを見守っていた美琴も“ほっ”と、溜め息をつき、男の荷物を手渡しながら礼を言う。
「よかったですね。お大事にしてください。」
一仕事終えた二人に、普通には得難い達成感が訪れる。
この瞬間。
二人で共有するこの達成感を…美琴はとても愛おしく思う。