惨劇-9 そして、その後
“先ず止血だ”現場についた孤路狼は流れ出ている血の量を見て直感でそう思った。
こういう時に適切な処置を、適切な順番でいかに素早く出来るかが生死を分ける。
鋼一も針ニも、重傷だが、止血出来れば何とかなるであろう…
しかし、もう真言は、息が無さそうだ。
肺や腸など、多くの内臓が損傷して飛び出している。
不思議なことに美琴は、無傷のように見えた。
孤路狼は、先ず手の平を、針ニの失くなった腕の傷口に翳すと、止血した。
次にうつ伏せで倒れている、鋼一の、背中深く抉られている、三本の爪痕を同じように塞いで止血した。
孤路狼は背中に針ニを背負うと、右腕で気を失った鋼一を肩に担ぎ上げ、へたり込んでいる美琴を左手で優しく抱き上げた。
後を尾けられるなどと言う大失態もどういう経緯があったのか、わからない…
何故ここに美琴がいるのだ。
それはあってはならないことだったのだ。
(その辺りの事情は後で子供達に聞くしかなかろう)
孤路狼はそう思いながら、真言のすぐ脇を通った。
すると…
「…たい…し…ん…」
真言が振り絞り、消え入りそうな声を発した。
「退魔震じゃと?!」
(まさか…発動したのか?!)
孤路狼は目を見開き驚いた。
「…みこ…とが…」
そこまでが精一杯だった。
もう真言は喋ることは出来ない。
光を失った両の瞳も、もう漂うことをやめた。
やがて子供達の話を聞いた上で、事後の議論をするべく神乃家に日本中の退魔師や陰陽師の党首達が集まった。
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「なんたる失態だ!」
「頸を奪われるとは…」
「慢心以外の何物でも無い!」
党首達は口々に悪態をついた。
大江山の鬼の頸を護る事が、使命であった筈の、神乃と妖守が、その頸を奪われたのだ。
「だから儂は、あれ程『警護する者を増やせ』と、言ったのじゃ!」
「では、御主は誰かを推薦したのか?」
「大嶽丸と、玉藻前の頸を護る者もおるのじゃぞ!」
「『それら全部の場所と護り手を、定期的に変えることにしよう。』と、提案したのは御主ではなかったか?!」
罵り会う党首達の言葉を孤路狼は、目を閉じ黙って聞いていた。
やがて、玉藻前の頸を、安倍泰成の子孫と共に護って来た、源頼光末裔の若者が口を開いた。
「孤路狼さんが護れなかった物を誰が護れると言うのか?」
「そもそも、11年前…妖守さん達が殺られた時に、真言さんと孤路狼さんなら大丈夫だ。と、決議したではないか。」
三十路に入ったばかりの、若い党首はキッパリと言い切った。
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6年の歳月が過ぎ、鋼一は、大学に進学し、針ニは海外に一人で渡航した。
真言が死んだ時、双子は各々の理由で後悔した。
鋼一は、
「おれがもっと考えて動けば…」
針ニは、
「ぼくが躊躇しなかったら…」
そう言って真言の死を自分のせいだと泣いた。
そしてそれぞれ己れに足りないモノを求めた。
美琴はその時の記憶がすっぽりと抜け落ち、真言の死を事故であると教えられた。
勿論、“ 退魔震 ”のことも、実際に見ているのは針ニだけで、その場に居た鋼一以外には時が来るまで黙っているように孤路狼に固く言い含められた。
鋼一は、大学を卒業した翌年、鍼灸師の国家資格を取り妖守鍼灸治療院を開業した。
本来、試験を受けるには厚生労働省が認定した
養成機関や文部科学省が認定した学校等で三年以上の知識や技術を修得しなければ受験資格自体が無い。
しかし、神乃、妖守等が所属する、“ 見える者達のコミュニティ(そはやの剣)”は、一般的にはその存在も知られていないが、国家最重要機密として、ほとんどの事がフリーパスと、なっている。
“ 見える者 ”の中には、針と術の親和性が高いことや、妖と遭遇しやすいこと、情報が得やすい事から、鍼灸を生業や副業にしている者も多い。
鋼一も在学中からそういう者の元で、鍼灸を修行し、才覚があったこともあり、メキメキ腕を上げて師匠を驚かせた。
針ニは最初インドの少数民族の家に厄介になりながら、彫師の元で原始的なTATOOの彫り方を学び、その後フィリピンやインドネシア、マレーシア、ネパール等の密林で単身、妖退治をしたり、TATOOを彫ったりして流れ歩いた。
失くした、左腕は“ 見える者達のコミュニティ(そはやの剣)”の中にある義肢の専門家達が戦いの中で失った手足、眼等を最新の技術を使い、造ってくれる。
勿論無料でアフターケアも、しっかりしていて、電話すれば海外でもどこでも、文字通り“飛んで来て”くれる。
1984年。ネパールの山岳民族でイギリス外人部隊に所属していたハンクを伴って帰国すると、妖守鍼灸治療院の傍に“ TATOO YOU ”と、いう名のBARを開業した。
美琴が鋼一と共に治療院で働く事になったのも、針ニが帰国してBARを開く事になったのも、
孤路狼に頼まれてのことだ。
孤路狼が言うには、
「あの娘は特別な能力があると思う。」
「家におる時はワシが護るが、外では手が出せん。」
「治療院で一緒に働くなら警護しやすいだろう。」
…との、ことだった。
そして、
「何かあれば針ニも鋼一を助けてやってくれ。頼む。」
と、頭を下げた。
鋼一と針ニも真言のたった一人の忘れ形見を、己れの命をかけて護ると誓った。
それが自分達を父として、師として、育ててくれた真言への恩返しだった。




