惨劇-7
「ウワァーッ!!」
針ニは、無くなった左腕を見て一気に戦意を喪失した。
12歳になったばかりの子供(それが例え、厳しい修行を受けていたとしてもだ)の反応としては、至極当然であろう。
茨木童子は、それが見たかったのだ。
人が泣き叫ぶ姿を、無力な己れに絶望する瞬間を。
それをじっくり味わい、命乞いさせた後で殺す。
まさに、それこそ鬼が鬼足る所以だ。
そこに慈悲などは欠片も無かった。
右手の爪にぶら下がった、針ニの腕を齧りながら、鬼は横目で針ニを見た。
勝ち誇った目で…
自分の腕を目の前で、喰われることの恐怖、それを僅か12歳の子供がどうして受け入れられよう。
鬼は血の滴る腕を指から食べてゆく。
コリコリとまるで花梨糖でも齧るように…
次に腕の肉にがぶりと喰らいつくと、まるで骨付きの鶏肉でも食べるかのように喰い契った。
血管が引っ張られプチプチと音を立てる。
針ニは、圧倒的な恐怖と絶望…そして、“自分の腕が失われていく”と、いう奇妙な喪失感に襲われていった。
美琴は、目の前で繰り広げられる血にまみれた惨劇を、過呼吸になりながら、震えて見ていた。
そして、酸欠からか、激しい恐怖に襲われたからかは分からないが、意識が遠のき、“ガクリ”とうなだれた。
数秒後、美琴が胡座を組んで、再び顔を上げると、人相が変わっていた。
目、鼻、口それぞれは確かに美琴の物だ。
しかし、凛とした表情…ひときわ鬼の眼を真っ直ぐ射貫く瞳は4~5歳の幼女のそれではなかった。
更に奇妙な事に、美琴は、習ったことも無い、複雑な印を流れるような所作で組みながら、呪文らしき文言を唱え出した。
虫の息の真言は、その言葉を血塗れの背中で聞きながら、
「た…い…し…ん…」
と、呟いた。
その瞬間、美琴の身体を中心に眩い光が吹き出した。
そう…まるで身体の中から沸きだすかの如く、光がほとばしった。
「ギャアーッ!!」
茨木童子は、悲鳴を上げた。
「なんぞこれは!なんぞ!」
身体が焼け、熔けるような猛烈な苦しみを感じた。
それは、“ 退魔震 ”と、言った。
古の陰陽師、安倍晴明のみが使うことが出来たという魔を滅する呪術である。
印の組み方も、呪文も安倍晴明の子孫には連綿と伝えられて来た。
安倍晴明の子孫は近縁遠縁に関わらず、例外無く印と呪文を寸分違わず伝えられて来た。
…やがて、この強力な呪術を使える者が現れると信じて…
しかし、この千年余りソレを使える者は何百人という一族の中から一人たりとも現れなかった。
いつしか、ソレは、安倍晴明しか使うことが出来ない幻の呪術となった。




