惨劇-4
「逃げられたか…」
真言が呟いた。
孤路狼は堅一と、心音の止血と蘇生を試みたが、(命を救うことは出来そうもない)一目見てそう思った。
真言は、堅一の横に胡座をかくと、
「堅一…言い残すことはあるか?」
静かな声でそう囁いた。
堅一は、ゆっくり目を開けると、虚空を指差し、
「…子供達を頼む…」
そして、静かに目を閉じた。
真言も小さく頷くと、
「…任せろ」
と、言った。
孤路狼は印を結ぶと、
「エイッ!!」
と、掛け声と共に、人差し指と、中指を揃えて虚空を切り裂いた。
切り裂かれた空間の向こうには、荒涼とした大地が見える。
何もない荒れ果てた景色の中に、青い砂漠だけが起伏を繰り返し、果てなく続いているように見える。
空は緑とオレンジのマーブル模様で渦を巻いていて、まるでシュルレアリスムの絵画のようにも見える。
無機質のその空間から何かが聞こえる。
それは、赤子の泣き声のようだった。
真言は躊躇せず、空間の切れ目をくぐると、赤子の声の方へ向かった。
幽世の大気成分は、どうやら現世と変わりなさそうだ。
赤子達が生きていて、泣き声が聞こえて来るのがその理由だが、“時間が止まっている”と、いう訳ではなさそうだ。
何故なら声が聞こえると、言うことは、“時間が動いている”と、いう事だからだ。
つまり、茨木童子の言う、
「幽世とは、時の止まった場所」「我々のようなモノのみ息づいている」と、いうのも少し違う。
元々鬼や妖の眷属とは喰わなくても、眠らなくても死ぬことはない。
それは小夜と、山童の例を見れば顕著だ。
山童は茨木童子に妖に変えられたが、小夜は山童が作った…つまり、狭間の世界こそが、人を妖に変えられる所なのであろう。
おそらく幽世とは、まさに現世が写した世界であり、終末の近づいた世界であろう。
それ故、鬼を初めとする一部の妖は、荒涼とした幽世を捨て、現世の覇権を握ろうと密かに目論んでいるのであろう。
「我々のようなモノだけが息づいている」のではなく食べる物も、飲む物もない終末世界では、死なないモノしか生きられないのだ。
青い砂丘を泣き声がする方向へ向かい、双子を見つけた真言は両腕で二人を抱き上げると、
「…ごめんな。お父ちゃん助けられんかったわ…」
そう言うと、赤子の肌着で涙を拭った。
空間の裂け目をくぐり、現世に戻ると、孤路狼がゆっくりと穴を閉じた。
双子を床に降ろすと、母の…心音の側に這って行って、顔や胸を触りながら、安心したように落ち着きを取り戻し泣き止んだ。
信じられないことに、その時心臓が止まっていたはずの心音が、蘇生し、目を開けた。
「おぉ…」
孤路狼が感嘆の声を上げた。
心音は真言と孤路狼を交互に見ると安心したように、
「…孤路狼様、真言さん…子供達をどうぞよろしくお願いいたします…」
そう託した。
そして、子供達の顔を優しい眼で見つめると、
「可愛い坊や達…強くなるのよ。」
そう言った。
孤路狼は、
「すまんの。心音…」
と、詫びた。




